本記事は、Zenodo で公開している論文『ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか——『サムエル記下』と『歴代誌上』を読み直す』(以下、本論と呼称します。)の補稿2「『歴代誌上』に残るダビデの咎」全文です。『歴代誌上』独自の記述である四箇所(22:8、28:3、21:7、21:29-30)を、本論および補稿で論じた編集の二重性という枠組みから読み、それがダビデ自身の人物像の上にも及んでいることを検討します。
本論には、この補稿2のほかに、アヒトフェル一族における名の置換を扱った一つ目の補稿「アヒトフェル一族における名の置換と物語的含意」もあります。
- 本論(決定版・PDF): Zenodo DOI: 10.5281/zenodo.19528929
- 補稿1(決定版・PDF): Zenodo DOI: 10.5281/zenodo.19840471
- 本補稿(決定版・PDF): Zenodo DOI: 10.5281/zenodo.20686420
これらは、当ブログでも公開しています。 本論へのリンクは目次記事をご参照ください。
凡例
本稿は、本論『ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか 『サムエル記下』と『歴代誌上』を読み直す』(以下、本論と記す)、および補稿『アヒトフェル一族における名の置換と物語的含意』(以下、補稿と記す)に続く、第二の補稿として書かれる。
引用の方式、ヘブライ語本文の表記、章節番号の扱い等は本論に準じる。
本稿は本論および補稿の既読者を読者として想定する。
序論
本論第5章以降および補稿は、『歴代誌上』における編集の二重性を論じた。三勇士の名と出自の改変、勇士名簿における名の配置と欠落、人数表記の除去、アヒトフェル一族の名の置換。いずれも人名・語形・配置・数値という、テクストの個別の構成要素に施された操作であり、表層からの除去と暗示の層への保存とを同時に行う編集であった。
『歴代誌上』には、これとは位相を異にする素材がある。ダビデ自身に血を流したと語らせる回顧的発話(22:8、28:3)、『サムエル記下』で語られたダビデの自省を神の評価に置き換えた記述(21:7)、ダビデが神を求めて行くことができない状態を伝える独自素材(21:29-30)である。これらは、人名・語形・配置・数値という個別の構成要素にではなく、ダビデの人物像に直接関わる。神殿建設に向けてダビデを理想化する『歴代誌上』の方針からすれば、一見して不整合な要素をダビデ像に刻んでいる。
本稿は、この四箇所を、別個の異例な記述としてではなく、共通の性格を持つ一つの素材群として扱う。四箇所の配置は、揃って同じ方向を向いている。ダビデ自身に血を流したと語らせ、その行為に神の否定的な評価を置き、神に近づき得ない姿を描く点で、これらはいずれも、神に選ばれた正しい王という理想像から、ダビデを引き離している。四箇所がこの一方向を指すことは、偶発的な集積とは考え難い。これらが共通して何を指しているのかを、本稿は、本論で論じたダビデと側近たちの関係に照らして読み、明らかにすることを試みる。
第1章 理想的な王の像に差す影
1.1 血を流した者という自己規定——22:8、28:3
『歴代誌上』22章と28章には、神殿を建てたのがダビデでなくその子であった理由を、ダビデ自身が語る発話が置かれている。22:8はソロモンに対して、28:3は全会衆に対しての発話である。
וַיְהִי עָלַי דְּבַר־יְהוָה לֵאמֹר דָּם לָרֹב שָׁפַכְתָּ וּמִלְחָמוֹת גְּדֹלוֹת עָשִׂיתָ לֹא־תִבְנֶה בַיִת לִשְׁמִי כִּי דָּמִים רַבִּים שָׁפַכְתָּ אַרְצָה לְפָנָי (代上22:8)
(ところが主の言葉が私に臨んで、こう告げた。「あなたは多くの血を流し、大きな戦いを行った。あなたは私の名のために家を建ててはならない。あなたが私の前で、多くの血を〔複数形〕大地に流したからである。」)
וְהָאֱלֹהִים אָמַר לִי לֹא־תִבְנֶה בַיִת לִשְׁמִי כִּי אִישׁ מִלְחָמוֹת אַתָּה וְדָמִים שָׁפָכְתָּ (代上28:3)
(しかし、神は私に言われた。「あなたは私の名のために家を建ててはならない。あなたは戦争の人であり、血を〔複数形〕流したからである。」)
理由として挙げられるのは、22:8では血を流したこと、28:3では戦争の人であることと血を流したこととの並列である。22:8ではこの句が二度繰り返され、血の語は一度目の דָּם(単数)から二度目の דָּמִים(複数)へと移る。
複数形 דָּמִים は、聖書ヘブライ語において、字義どおりの「血」よりも、流血ないし血の罪を指すことが多い。『詩編』51:16の הַצִּילֵנִי מִדָּמִים אֱלֹהִים(神よ、流血からわたしを救い出してください)、『エゼキエル書』22:2の עִיר הַדָּמִים(流血の都)が、その例である。人に向けて用いられた例としては、『サムエル記下』16:7–8でシムイがダビデを罵る場面で、この語が用いられる。神殿建設不可の理由としての流血は、『サムエル記下』7章のナタンの預言にも、その並行記述である『歴代誌上』17章にも記されていない。両書において、この預言は、契約の箱の搬入後、本格的な対外戦争の前に置かれており、その時点でダビデは、まだ多くの血を流したと規定される治世を歩んでいない。仮に預言に流血の規定が含まれていたとすれば、ダビデはその後に、大規模な戦争による大量の流血と、ウリヤ殺害という重大な流血を遂行したことになる。これは、神の言葉を受けた後の不従順を意味し、22:8でダビデが宣告に従順に応答している構造と矛盾する。したがって流血の規定は、預言の時点での評価ではなく、治世が後半に至って初めて妥当する、回顧的なものである。
では、この血は、ダビデが流した血のすべてを指すのか。『サムエル記下』8章および『歴代誌上』18章は、ダビデの対外戦争を語り、その勝利を一貫して神に帰している。「主はダビデの行く先々で彼に勝利を与えられた」と二度記され、これらの戦いは神が与えた勝利として描かれる。神が自ら授けた勝利を、同じ神が神殿建設不可の理由として咎めるとは考えにくい。一方、これに続く対アンモン・アラム戦には、こうした神の勝利の宣言が伴わない。同じ対外戦争でありながら、神の助力が語られる戦いと語られない戦いとがあり、神殿建設不可の理由となる血は、後者の側に寄っているとの読みも成りうる。さらに、ダビデが流した血は、戦争におけるものだけではなかった。サウルを介錯したと偽証したアマレク人の殺害、ギベオン人に引き渡されたサウルの子孫たち。これらが、語られた「血」に含まれているか明らかでない。また、ミカルを娶る花嫁料として要求された倍の二百人を討ったことが、過剰に流された血とみなされるか否かは、テクストの語らないところである。
『歴代誌上』22:8では、血の語は単数 דָּם から複数 דָּמִים へ移る。ここで言われるのは、ダビデの流した血の多さであり、その血が何を、どこまで指すのかを、テクストは特定していない。神殿を建て得ない理由として神に告げられ、ダビデ自身その血を負いながら、それが治世のいかなる流血を指すのかは、明かされないままに置かれている。
1.2 自省から神の評価への置換——21:7
『歴代誌上』21章は、ダビデの人口調査と、それに続く疫病を語る。その経緯のなかに、神の評価を伝える次の一句が置かれている。
וַיֵּרַע בְּעֵינֵי הָאֱלֹהִים עַל־הַדָּבָר הַזֶּה וַיַּךְ אֶת־יִשְׂרָאֵל (代上21:7)
(この事は神の目に悪と映った。そして神はイスラエルを撃たれた。)
人口調査は神の目に悪と映り、神はイスラエルを撃った。神による断罪が、ここに明示されている。この一句は、『サムエル記下』の対応箇所を改変して置かれている。対応する位置にあるのは、次の一句である。
וַיַּךְ לֵב־דָּוִד אֹתוֹ אַחֲרֵי־כֵן סָפַר אֶת־הָעָם (サム下24:10)
(その後、ダビデの心は彼を打った。彼が民を数えたことのゆえに。)
両者は、同じ動詞 וַיַּךְ(打つ・撃つ)を用いながら、主語と目的語を異にする。『サムエル記下』では「ダビデの心(לֵב־דָּוִד)」が主語、ダビデ自身を指す「彼を(אֹתוֹ)」が目的語である。『歴代誌上』では、神が主語、「イスラエルを(אֶת־יִשְׂרָאֵל)」が目的語となる。打つ主体はダビデの心から神へ、打たれる対象はダビデ自身からイスラエルへと移されている。
この置換によって、咎の現れ方が変わる。『サムエル記下』では、人口調査の咎は、ダビデ自身の心が引き受ける内的な呵責として語られ、行為を省み、自らを打つダビデの姿があった。『歴代誌上』では、その自省が取り除かれ、代わりに神の側からの断罪が据えられる。自らを省みる王の姿は退き、神に咎められる王が残る。
さらに、神がイスラエルを撃つ手段は定まらない。神がもたらした疫病は21:14以降に語られる。21:7の「撃った」はその疫病に先立って置かれている。この語は、疫病を先取りした表現か、それ以外の何かであるか。この点が明確に示されることはない。神の断罪が下されたことだけが先に示され、如何に執行されたのかは、なお語られない。示されるのは、イスラエルが撃たれたことだけである。
1.3 神を求めえない状態——21:29-30
『歴代誌上』21:29-30は、『サムエル記下』24章に対応箇所を持たない独自素材である。
וּמִשְׁכַּן יְהוָה אֲשֶׁר־עָשָׂה מֹשֶׁה בַמִּדְבָּר וּמִזְבַּח הָעוֹלָה בָּעֵת הַהִיא בַּבָּמָה בְּגִבְעוֹן (代上21:29)
(モーセが荒れ野で造った主の幕屋と焼き尽くす献げ物の祭壇は、そのころ、ギブオンの高き所にあった。)
וְלֹא־יָכֹל דָּוִיד לָלֶכֶת לְפָנָיו לִדְרֹשׁ אֱלֹהִים כִּי נִבְעַת מִפְּנֵי חֶרֶב מַלְאַךְ יְהוָה (代上21:30)
(しかしダビデは、主の御使いの剣を恐れて、神を求めてその前に行くことができなかった。)
30節は、ダビデが御使いの剣を恐れ、神を求めて御前に行くことができなかったことを述べる。「恐れて」と訳した נִבְעַת は、通常の「恐れる」(ירא)よりも強い、おののき・おびえを表す語である。
この一節は、置かれた位置と述べる内容との間に、食い違いを抱えている。21章の叙述では、ダビデがオルナンの麦打ち場に祭壇を築き、火による応答を受けた場面の後に、この29-30節が置かれている。「主は焼き尽くす献げ物の祭壇に天からの火を送って答えられた」(21:26)とされ、ダビデはその応答を見ていけにえを屠っている(21:28)。献げ物は受け入れられ、神とダビデのあいだの交わりは成り立っている。ところが直後の30節は、ダビデが御使いの剣を、すなわち神の裁きを恐れ、神を求めて行くことができなかったと述べる。神に近づけないこの状態は、応答を受け献げ物が受容された後のものとしては読めない。それは、応答を受けるに先立つ状態を、応答後の地点から振り返って述べたものである。
しかも、29節の「そのころ」(בָּעֵת הַהִיא)という時間表現が示すのは、21章の物語時間だけに限定されない可能性がある。神を求め得なかったダビデの状態がどこまで遡る時期を指すのかは、この語によって開かれたままである。
こうして、神に選ばれた王を描く叙述のなかに、神に近づき得ないダビデが、具体性を欠く形で書き込まれている。
第2章 家臣たちの犠牲への無自覚
2.1 犠牲の軽視とヨアブの関わり
第1章で見たとおり、四箇所はいずれも、ダビデを理想像から引き離す方向を向いている。とりわけ22:8・28:3の血は、特定の一件に限定されず、その指す出来事を特定しないまま置かれていた。神の助力を欠く戦いの側へ寄りながら、なお一点には定まらないこの血が何を指すのかを、ここで問う。
手がかりは、本論で論じたダビデと側近たちの関係にある。本論1.2節は、ダビデの王権が、彼のために戦い、命を落としていった者たちの流した血の上に立っていることを論じた。同じ構造は、本論で扱った他のいくつかの場面にも窺える。
以下では、本論で論じた諸場面を、血という一語を手がかりに辿り直す。これらの場面は、ダビデ治世の各段階に置かれているが、自らを支える血の重みへの無自覚という一つの線を描いている。
まず、三勇士がベツレヘムの水を汲んだ出来事を振り返る。本論で論じたとおり、ダビデはこの水を、命をかけて行った者たちの血と呼びながら、地に注いだ。三勇士が命を懸けて差し出したものを、ダビデは飲まず、神への献げ物へと振り替えた。ダビデにとって、自らの王権を支えているのは第一に神であり、彼は、血にも等しい水をその神に捧げた。しかし、実際に彼を支えていたのは神だけではない。ダビデの王権は、彼のために戦い、倒れていった者たちの命の上に立っていた。象徴的に言えば、ダビデは配下の者たちの命を飲んで生きてきたのであり、差し出された水は、その飲んできた命にほかならなかった。それを口にせず地に注ぐことは、自らがその命によって立っているという事実を、無自覚のうちに退ける行為であった。血を尊いと呼びながら、自らの王権がその血に支えられていることは捉えられていない。
この出来事は、ヨアブの記憶に残り続けた。本論第4章で論じた通り、『サムエル記下』14章で、ヨアブはテコアの女の口に「地に流されれば、再び集めることのできない水のようなもの」(14:14)という喩えを置いた。
ここで、「流された水」が題材として選択された理由が問われる。死の不可逆を語る比喩であれば、枯れる草、砕ける器、風に散る糠、過ぎ去る影など、ほかにもありえた。聖書には、人の儚さを語る比喩が乏しくない。そのなかで選ばれているのが、地に流された水である。この比喩は、人の死の不可逆を言うにとどまらない。ひとたび地に吸われた水は、二度と集めることができない。命をかけて差し出されたものが地に吸われ、応答のないまま閉じられた水の逸話の場面は、水、地、注ぎ出し、不可逆、という構図を水の喩えと共有する。いずれの記述においても、水は命を象徴している。
ダビデは、その喩えの背後にヨアブの関与を即座に見抜きながら、見抜いた理由を語らず、帰還の許可だけを告げた。喩えがあの水の場面をダビデのうちに呼び起こすものであったことは、この察知と沈黙が間接的に証している。ヨアブが数ある比喩の中からこの一つを選んだとき、それは、結果として、家臣の犠牲に対するダビデの無自覚を、遠回しに指摘することになった。
ヨアブは、誰にも増して、この無自覚を目の当たりにする立場にあった。彼自身、忠誠を軽んじた王の罪に、深く関わっていた。本論で論じたとおり、ダビデはバト・シェバとの一件を覆うために、ヘト人ウリヤを死なせた。ウリヤは、戦場の仲間が野にとどまっているあいだは自分も家に帰らないと言って、神の箱と兵たちへの信義を守り抜いた臣下である。ダビデはその誠実さを前にしながら、彼を激戦の最前線に置いて見殺しにした。
ここで損なわれたのは、一人の兵の命にとどまらない。戦時の信義を貫こうとする誠実さが、王自身の過ちを覆うための手段として用いられ、軽んじられた。命を捧げて仕える者を、自らの保身のために葬り去ったのである。
この殺害を実行に移したのは、ヨアブであった。誠実な臣下を死なせるその役を、彼は王の手足として果たした。ヨアブは、この事実を自らの内に抱え続けることになる。
アブサロムの反乱が鎮められたとき、ダビデは、自らに背いた息子の死を激しく嘆いた。だがその勝利は、ダビデのために身を賭して戦った者たちが贖ったものであり、命を落とした兵も少なくなかったはずである。主君のために最も多くを失ったその者たちを、王は顧みない。背いた息子ひとりの死に、王は沈んでいる。王のために流された血は、息子への嘆きの影で顧みられていない。
このとき、ヨアブがダビデの前に立つ。彼は、王が兵たちを辱めていることを、面と向かって突きつけた。命を賭して王とその家族を救った者たちの前で、敵となった息子のために嘆く。その振る舞いが将兵の忠誠をどれほど踏みにじっているかを、ヨアブは王に告げる。
その後ダビデは、反乱軍を率いた敵将アマサを、自軍の司令官に据えようとする。ダビデの兵たちは、このアマサが率いた軍勢と戦い、血を流したのである。倒れた味方の犠牲の上に、その敵を率いた将を置くこの人事は、ヨアブの目には、兵たちの犠牲を軽んじるものと映りえた。かつて敵将アブネルを受け入れようとしたダビデを、ヨアブが阻んだのも、これと重なる構図であった。アブネルとアマサは、ヨアブの地位を脅かす存在であった。同時に、彼らの重用は、王が兵たちの死を重く見ていなかったことを示唆している。アブサロムの死を嘆く姿に続いて、ここでもまた、王のために流された血は、王の選び取る振る舞いのなかで後景に退いている。
そして晩年、ダビデは人口調査を行う。それは、『民数記』における人口調査とは、性格を異にするものであった。神の大切な所有物である民を数える行為ではなかった。
動員しうる兵を数え上げるこの行為は、王権が用いうる力を、すなわち王のために戦い倒れうる者たちの命を、数量として把握しようとするものであった。自らを支える血を、もはや個々の犠牲としてではなく、数として扱う。治世の初めに、命をかけて汲まれた水を血と呼びながら地に注いだ王は、ここに至って、その血を数える。
この調査を、ヨアブは正面から諫めた。本論3.7節で述べた通り、この抵抗には、軍への影響力をめぐる権力闘争としての側面があったと推察される。とはいえ、それだけが抵抗の理由ではない。ヨアブだけでなく、他の家臣たちも王の決定に異を唱えたことが、それを証している。水の出来事に始まり、ウリヤの死、アブサロムの死、アマサの登用を経て、人口調査に至る。これらの局面で、ヨアブは幾度か王に異を唱える側に立った。ヨアブが王に抗ったそれらの場面は、いずれも、ダビデが配下の犠牲に無自覚であった局面と重なっている。
そして、『歴代誌上』において、人口調査の直後に置かれているのが、21:7と21:29-30である。ダビデに下る神の断罪が、ダビデ自身の悔いとしてではなく神の側からの評価として据えられ(21:7)、神を求めて行くことができないダビデの姿が、独自素材として書き加えられる(21:29-30)。血を数えたその果てに、神に咎められ、神に近づきえないダビデが置かれている。
2.2 浮かび上がる理想像との乖離
ここまで辿ってきた線を、『歴代誌上』四箇所の上に置き直す。
22:8・28:3でダビデが回顧する血は、本稿第1章で見たとおり、特定の一件に限定されず、その指す出来事を特定しないまま置かれていた。この血は、自らを支える者たちの犠牲に無自覚であり続けたダビデの歩みと、重なって読める。一つの事件にではなく治世そのものに向けられているとすれば、血が特定の出来事に絞られないことの意味も理解できる。
21:7で、人口調査の咎が、ダビデ自身の悔いから神の断罪へと移されていたことも、同じ線の上に置いて読める。否定的な出来事を省き、ダビデを理想化する傾向の顕著な『歴代誌上』にあって、この置換は逆を向いている。謙虚に悔悛する王の姿は、理想像に資するはずである。それをあえて消し、咎を神の側からの断罪として据えることで、読者の受け取る印象において、罪はかえって重くなっている。理想化の書が、ここでは、ダビデの咎を軽くするのではなく、際立たせる方向に手を加えている。
21:29-30で、神を求めて行くことができないダビデの状態が、「そのころ」という時間表現によってどこまで遡るとも定められぬまま置かれていたことも、ここで意味を持つ。神に近づきえないその状態は、神の助力が語られなかった時期、すなわち、ウリヤ殺害とその隠蔽を契機として、自らを支える血への無自覚がさらに重ねられた時期へと、開かれている。
2.3 ヨアブの後退と無自覚の後景化
四箇所は、神に選ばれた王の理想像から一様にダビデを引き離す。この点は、『歴代誌上』におけるヨアブの扱いとも、無関係ではない。『サムエル記下』には、ダビデの暗部を伝える出来事がいくつもあり、その多くにヨアブが関与していた。アブネル、ウリヤ、アブサロム、アマサの殺害に関わる叙述である。これらは、ヨアブの手によって、あるいはヨアブを介して遂行された。そして、その根をたどれば、いずれも、犠牲に対する王の無自覚に行き着く。敵であったアブネルやアマサの重用は、彼らと戦って血を流した兵たちを顧みない人事であり、アブサロムをめぐる経緯は、勝利を担った兵を後景に退けた末のものであった。ウリヤにしても、ダビデが家臣の献身と犠牲を重んじていれば、死なせるには至らなかったであろう。
『歴代誌上』では、ダビデの無自覚を読み取りうる出来事は、人口調査を除けば、ほぼ省かれている。この点は、水の逸話の読解にも影響を及ぼす。王の無自覚が後景化されている結果、同書だけを読む者が真相に気付く余地は狭められている。さらに、この編集は、ヨアブの人物像にも影響を与える。ヨアブは、もはや王の在り方に意義を唱える者としては読まれず、忠実な兵たちの頂点に位置する司令官となる。他方、本稿の見た四箇所は、あえて『サムエル記下』にない形で据えられているようにも見える。出来事を叙述から取り除きながら、罪の痕跡は残す。本論および補稿が論じた、消去を完結させず痕跡を残すという編集の二重性が、ここにも認められる。
結論
本論は、勇士名簿における名の配置と欠落に、補稿は、アヒトフェル一族三代にわたる名の置換に、『歴代誌上』における編集の二重性を見出した。表層から否定的なものを取り除きながら、その除去を完結させず、痕跡を残す。その操作は、人名に、語形に、配置に及んでいた。
本稿が四箇所の独自素材に見たのは、同じ操作が、ダビデの人物像そのものの上にも及んでいることである。ダビデ自身が血を流したと語る発話に、人口調査に下る神の評価に、神に近づきえない姿に、血への無自覚という陰りが、読み取られうる痕跡として残されている。本論が名の配置と欠落に、補稿が名の置換に見出した編集の二重性は、ここでは、ダビデの人物像の上に現れている。
このことは、『歴代誌上』におけるヨアブの扱いからも、傍証される。『サムエル記下』において、ダビデの無自覚を読み取りうる出来事には、しばしばヨアブが関与していた。だが、その多くは『歴代誌上』の叙述から取り除かれている。それでもなお、咎の痕跡は、ヨアブをめぐる省略と四箇所の残置との対比から読み取れる。『サムエル記下』と交差参照するとき、ヨアブは、ダビデの無自覚を照らし出す。
ダビデの無自覚は、単純に批判されるべきものではない。22:8・28:3では、血を流したことが、ダビデ自身の口から語られている。これをダビデの自省として捉えることもできる。弁護の余地は残されている。とはいえ、その血が具体的にどの出来事を指すのかは、ここでも語られない。晩年のダビデが、流された血の重みをどの程度自覚していたのかは、ここに至っても明示されない。神に選ばれ、神を求め、神に栄光を帰し続けた王が、その同じ生涯において、自らを支えた者たちの血とどう向き合っていたのか。『歴代誌上』は、その問いを内包している。
本稿は、四箇所に見た構造を、『歴代誌上』編者の手による操作として論じてきた。家臣の犠牲への無自覚という陰りを、編者が、『サムエル記下』にはない記述によってダビデ像のうちに残した、と読んできた。
だが、ここで描き出した叙述の構造は、別の立場からも読みうる。たとえば、聖書の著者を神とする立場から見るならば、ここで編者の操作と呼んだものには、異なる説明が与えられるだろう。ただし、その場合でも、四箇所がいずれもダビデの罪を叙述に刻んでいるという構造は、変わらず在りつづける。本稿が記述しようとしたのはその構造であって、それをどの手に帰すかは、なお開かれている。
本論から本稿に至る試みが見出したのは、その『歴代誌上』が、王の否定的側面を露わにする具体的な出来事の多くを省きながらも、罪の存在そのものは消し去っていない、という事実であった。省かれたものは、消えてはいない。名の配置に、語形に、そしてダビデ自身の人物像に、それは読み取られうる形で宿りつづけている。『歴代誌上』のダビデは、闇の部分を一掃された理想像ではない。理想の王として読むことも、その内に残る陰りを読むことも、この書は許している。本稿が読み取ったのは、おおむねダビデの否定的な側面である。だが、それはダビデ像の結論ではなく、その複雑さの入り口である。信仰に生きた王としての叙述に否定的側面を残すこの構造が指し示すのは、理想的な王か、それとも対極に位置する像か、という二者択一そのものが、ダビデの実像を捉えるには粗すぎるということである。
この理解は、伝統的に受容されてきたダビデ像に修正を迫るものである。『サムエル記下』が明示し、『歴代誌上』が仄めかすダビデの暗部は、神による是認と整合するのか、という問題が生じる。これは本論考の射程を超えた難問であり、本稿は明確な答えを持たない。とはいえ、叙述における咎の残置と、治世後半の戦争記事で神の助力が語られないことは、神の評価においても、姦淫とウリヤ殺害、そして人口調査を除くダビデの行為が、すべて是認されたわけではないことを示唆しているとも読める。
ダビデの人間性は、悔い改めの有無や、信仰の篤さといった、単一の物差しでは測れない。その実像が明らかになったとは、なお言い難い。本論から本稿に至る試みが触れようとしてきたのは、その、一義的な像へと閉じきらない余地であった。
あとがき
本稿が読み取った内容は、扱いに注意を要する。最後に、この点に関して警鐘を鳴らしておきたい。ダビデの理想像と整合しえない要素への接近は、ともすれば、信仰を傷付けかねない。本稿が扱った内容からして、すでに、信仰を持つ方々に不快感を与えうるものであった。これまで、ダビデは信仰の手本として、多くの尊敬を集めてきた。本稿が提示した理解は、そのダビデ像と緊張関係にある。しかし、新たなダビデ像が、彼を敬愛する人々への攻撃に用いられることがあってはならない。この分野の研究が、悪意ある者によって、特定の宗教や集団への攻撃材料とされる恐れもある。研究がこれを煽ることは、決してあってはならない。ダビデを研究する者は、このことを軽く見るべきではない。研究者には、信仰への配慮と自制が求められる。これは必ずしも信者に対する忖度を意味しない。不都合に見える記述から目を背け客観性を欠くなら、それはもはや学術的論考というより、教義の一形態になってしまう。特定の教義を過度に自明視し柔軟性を欠く学術上の態度は、自由な研究の妨げとなってきた。批判されるべきは、信仰そのものではなく、特定の解釈を恣意的に正当化し、他者に押し付ける態度である。解釈の多様性を尊重することは、健全な議論に不可欠である。『歴代誌上』が、ダビデを称揚しながらも、その影を痕跡として残したように、これを研究する者にも、理性的な態度が求められる。ダビデ研究の発展を期待すると共に、留意すべき危険性を指摘し、一連の論考を、ここで閉じることにする。