裏読み聖書|テキストからの再読

サムエル記下』と『歴代誌上』を中心に、旧約聖書の叙述をテキストから再検討しています。

『歴代誌上』に残るダビデの咎(ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか 補稿2)

本記事は、Zenodo で公開している論文『ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか——『サムエル記下』と『歴代誌上』を読み直す』(以下、本論と呼称します。)の補稿2「『歴代誌上』に残るダビデの咎」全文です。『歴代誌上』独自の記述である四箇所(22:8、28:3、21:7、21:29-30)を、本論および補稿で論じた編集の二重性という枠組みから読み、それがダビデ自身の人物像の上にも及んでいることを検討します。

本論には、この補稿2のほかに、アヒトフェル一族における名の置換を扱った一つ目の補稿「アヒトフェル一族における名の置換と物語的含意」もあります。

これらは、当ブログでも公開しています。 本論へのリンクは目次記事をご参照ください。


凡例

本稿は、本論『ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか 『サムエル記下』と『歴代誌上』を読み直す』(以下、本論と記す)、および補稿『アヒトフェル一族における名の置換と物語的含意』(以下、補稿と記す)に続く、第二の補稿として書かれる。

引用の方式、ヘブライ語本文の表記、章節番号の扱い等は本論に準じる。

本稿は本論および補稿の既読者を読者として想定する。


序論

本論第5章以降および補稿は、『歴代誌上』における編集の二重性を論じた。三勇士の名と出自の改変、勇士名簿における名の配置と欠落、人数表記の除去、アヒトフェル一族の名の置換。いずれも人名・語形・配置・数値という、テクストの個別の構成要素に施された操作であり、表層からの除去と暗示の層への保存とを同時に行う編集であった。

『歴代誌上』には、これとは位相を異にする素材がある。ダビデ自身に血を流したと語らせる回顧的発話(22:8、28:3)、『サムエル記下』で語られたダビデの自省を神の評価に置き換えた記述(21:7)、ダビデが神を求めて行くことができない状態を伝える独自素材(21:29-30)である。これらは、人名・語形・配置・数値という個別の構成要素にではなく、ダビデの人物像に直接関わる。神殿建設に向けてダビデを理想化する『歴代誌上』の方針からすれば、一見して不整合な要素をダビデ像に刻んでいる。

本稿は、この四箇所を、別個の異例な記述としてではなく、共通の性格を持つ一つの素材群として扱う。四箇所の配置は、揃って同じ方向を向いている。ダビデ自身に血を流したと語らせ、その行為に神の否定的な評価を置き、神に近づき得ない姿を描く点で、これらはいずれも、神に選ばれた正しい王という理想像から、ダビデを引き離している。四箇所がこの一方向を指すことは、偶発的な集積とは考え難い。これらが共通して何を指しているのかを、本稿は、本論で論じたダビデと側近たちの関係に照らして読み、明らかにすることを試みる。


第1章 理想的な王の像に差す影

1.1 血を流した者という自己規定——22:8、28:3

『歴代誌上』22章と28章には、神殿を建てたのがダビデでなくその子であった理由を、ダビデ自身が語る発話が置かれている。22:8はソロモンに対して、28:3は全会衆に対しての発話である。

וַיְהִי עָלַי דְּבַר־יְהוָה לֵאמֹר דָּם לָרֹב שָׁפַכְתָּ וּמִלְחָמוֹת גְּדֹלוֹת עָשִׂיתָ לֹא־תִבְנֶה בַיִת לִשְׁמִי כִּי דָּמִים רַבִּים שָׁפַכְתָּ אַרְצָה לְפָנָי (代上22:8)

(ところが主の言葉が私に臨んで、こう告げた。「あなたは多くの血を流し、大きな戦いを行った。あなたは私の名のために家を建ててはならない。あなたが私の前で、多くの血を〔複数形〕大地に流したからである。」)

וְהָאֱלֹהִים אָמַר לִי לֹא־תִבְנֶה בַיִת לִשְׁמִי כִּי אִישׁ מִלְחָמוֹת אַתָּה וְדָמִים שָׁפָכְתָּ (代上28:3)

(しかし、神は私に言われた。「あなたは私の名のために家を建ててはならない。あなたは戦争の人であり、血を〔複数形〕流したからである。」)

理由として挙げられるのは、22:8では血を流したこと、28:3では戦争の人であることと血を流したこととの並列である。22:8ではこの句が二度繰り返され、血の語は一度目の דָּם(単数)から二度目の דָּמִים(複数)へと移る。

複数形 דָּמִים は、聖書ヘブライ語において、字義どおりの「血」よりも、流血ないし血の罪を指すことが多い。『詩編』51:16の הַצִּילֵנִי מִדָּמִים אֱלֹהִים(神よ、流血からわたしを救い出してください)、『エゼキエル書』22:2の עִיר הַדָּמִים(流血の都)が、その例である。人に向けて用いられた例としては、『サムエル記下』16:7–8でシムイがダビデを罵る場面で、この語が用いられる。神殿建設不可の理由としての流血は、『サムエル記下』7章のナタンの預言にも、その並行記述である『歴代誌上』17章にも記されていない。両書において、この預言は、契約の箱の搬入後、本格的な対外戦争の前に置かれており、その時点でダビデは、まだ多くの血を流したと規定される治世を歩んでいない。仮に預言に流血の規定が含まれていたとすれば、ダビデはその後に、大規模な戦争による大量の流血と、ウリヤ殺害という重大な流血を遂行したことになる。これは、神の言葉を受けた後の不従順を意味し、22:8でダビデが宣告に従順に応答している構造と矛盾する。したがって流血の規定は、預言の時点での評価ではなく、治世が後半に至って初めて妥当する、回顧的なものである。

では、この血は、ダビデが流した血のすべてを指すのか。『サムエル記下』8章および『歴代誌上』18章は、ダビデの対外戦争を語り、その勝利を一貫して神に帰している。「主はダビデの行く先々で彼に勝利を与えられた」と二度記され、これらの戦いは神が与えた勝利として描かれる。神が自ら授けた勝利を、同じ神が神殿建設不可の理由として咎めるとは考えにくい。一方、これに続く対アンモン・アラム戦には、こうした神の勝利の宣言が伴わない。同じ対外戦争でありながら、神の助力が語られる戦いと語られない戦いとがあり、神殿建設不可の理由となる血は、後者の側に寄っているとの読みも成りうる。さらに、ダビデが流した血は、戦争におけるものだけではなかった。サウルを介錯したと偽証したアマレク人の殺害、ギベオン人に引き渡されたサウルの子孫たち。これらが、語られた「血」に含まれているか明らかでない。また、ミカルを娶る花嫁料として要求された倍の二百人を討ったことが、過剰に流された血とみなされるか否かは、テクストの語らないところである。

『歴代誌上』22:8では、血の語は単数 דָּם から複数 דָּמִים へ移る。ここで言われるのは、ダビデの流した血の多さであり、その血が何を、どこまで指すのかを、テクストは特定していない。神殿を建て得ない理由として神に告げられ、ダビデ自身その血を負いながら、それが治世のいかなる流血を指すのかは、明かされないままに置かれている。

1.2 自省から神の評価への置換——21:7

『歴代誌上』21章は、ダビデの人口調査と、それに続く疫病を語る。その経緯のなかに、神の評価を伝える次の一句が置かれている。

וַיֵּרַע בְּעֵינֵי הָאֱלֹהִים עַל־הַדָּבָר הַזֶּה וַיַּךְ אֶת־יִשְׂרָאֵל (代上21:7)

(この事は神の目に悪と映った。そして神はイスラエルを撃たれた。)

人口調査は神の目に悪と映り、神はイスラエルを撃った。神による断罪が、ここに明示されている。この一句は、『サムエル記下』の対応箇所を改変して置かれている。対応する位置にあるのは、次の一句である。

וַיַּךְ לֵב־דָּוִד אֹתוֹ אַחֲרֵי־כֵן סָפַר אֶת־הָעָם (サム下24:10)

(その後、ダビデの心は彼を打った。彼が民を数えたことのゆえに。)

両者は、同じ動詞 וַיַּךְ(打つ・撃つ)を用いながら、主語と目的語を異にする。『サムエル記下』では「ダビデの心(לֵב־דָּוִד)」が主語、ダビデ自身を指す「彼を(אֹתוֹ)」が目的語である。『歴代誌上』では、神が主語、「イスラエルを(אֶת־יִשְׂרָאֵל)」が目的語となる。打つ主体はダビデの心から神へ、打たれる対象はダビデ自身からイスラエルへと移されている。

この置換によって、咎の現れ方が変わる。『サムエル記下』では、人口調査の咎は、ダビデ自身の心が引き受ける内的な呵責として語られ、行為を省み、自らを打つダビデの姿があった。『歴代誌上』では、その自省が取り除かれ、代わりに神の側からの断罪が据えられる。自らを省みる王の姿は退き、神に咎められる王が残る。

さらに、神がイスラエルを撃つ手段は定まらない。神がもたらした疫病は21:14以降に語られる。21:7の「撃った」はその疫病に先立って置かれている。この語は、疫病を先取りした表現か、それ以外の何かであるか。この点が明確に示されることはない。神の断罪が下されたことだけが先に示され、如何に執行されたのかは、なお語られない。示されるのは、イスラエルが撃たれたことだけである。

1.3 神を求めえない状態——21:29-30

『歴代誌上』21:29-30は、『サムエル記下』24章に対応箇所を持たない独自素材である。

וּמִשְׁכַּן יְהוָה אֲשֶׁר־עָשָׂה מֹשֶׁה בַמִּדְבָּר וּמִזְבַּח הָעוֹלָה בָּעֵת הַהִיא בַּבָּמָה בְּגִבְעוֹן (代上21:29)

(モーセが荒れ野で造った主の幕屋と焼き尽くす献げ物の祭壇は、そのころ、ギブオンの高き所にあった。)

וְלֹא־יָכֹל דָּוִיד לָלֶכֶת לְפָנָיו לִדְרֹשׁ אֱלֹהִים כִּי נִבְעַת מִפְּנֵי חֶרֶב מַלְאַךְ יְהוָה (代上21:30)

(しかしダビデは、主の御使いの剣を恐れて、神を求めてその前に行くことができなかった。)

30節は、ダビデが御使いの剣を恐れ、神を求めて御前に行くことができなかったことを述べる。「恐れて」と訳した נִבְעַת は、通常の「恐れる」(ירא)よりも強い、おののき・おびえを表す語である。

この一節は、置かれた位置と述べる内容との間に、食い違いを抱えている。21章の叙述では、ダビデがオルナンの麦打ち場に祭壇を築き、火による応答を受けた場面の後に、この29-30節が置かれている。「主は焼き尽くす献げ物の祭壇に天からの火を送って答えられた」(21:26)とされ、ダビデはその応答を見ていけにえを屠っている(21:28)。献げ物は受け入れられ、神とダビデのあいだの交わりは成り立っている。ところが直後の30節は、ダビデが御使いの剣を、すなわち神の裁きを恐れ、神を求めて行くことができなかったと述べる。神に近づけないこの状態は、応答を受け献げ物が受容された後のものとしては読めない。それは、応答を受けるに先立つ状態を、応答後の地点から振り返って述べたものである。

しかも、29節の「そのころ」(בָּעֵת הַהִיא)という時間表現が示すのは、21章の物語時間だけに限定されない可能性がある。神を求め得なかったダビデの状態がどこまで遡る時期を指すのかは、この語によって開かれたままである。

こうして、神に選ばれた王を描く叙述のなかに、神に近づき得ないダビデが、具体性を欠く形で書き込まれている。


第2章 家臣たちの犠牲への無自覚

2.1 犠牲の軽視とヨアブの関わり

第1章で見たとおり、四箇所はいずれも、ダビデを理想像から引き離す方向を向いている。とりわけ22:8・28:3の血は、特定の一件に限定されず、その指す出来事を特定しないまま置かれていた。神の助力を欠く戦いの側へ寄りながら、なお一点には定まらないこの血が何を指すのかを、ここで問う。

手がかりは、本論で論じたダビデと側近たちの関係にある。本論1.2節は、ダビデの王権が、彼のために戦い、命を落としていった者たちの流した血の上に立っていることを論じた。同じ構造は、本論で扱った他のいくつかの場面にも窺える。

以下では、本論で論じた諸場面を、血という一語を手がかりに辿り直す。これらの場面は、ダビデ治世の各段階に置かれているが、自らを支える血の重みへの無自覚という一つの線を描いている。

まず、三勇士がベツレヘムの水を汲んだ出来事を振り返る。本論で論じたとおり、ダビデはこの水を、命をかけて行った者たちの血と呼びながら、地に注いだ。三勇士が命を懸けて差し出したものを、ダビデは飲まず、神への献げ物へと振り替えた。ダビデにとって、自らの王権を支えているのは第一に神であり、彼は、血にも等しい水をその神に捧げた。しかし、実際に彼を支えていたのは神だけではない。ダビデの王権は、彼のために戦い、倒れていった者たちの命の上に立っていた。象徴的に言えば、ダビデは配下の者たちの命を飲んで生きてきたのであり、差し出された水は、その飲んできた命にほかならなかった。それを口にせず地に注ぐことは、自らがその命によって立っているという事実を、無自覚のうちに退ける行為であった。血を尊いと呼びながら、自らの王権がその血に支えられていることは捉えられていない。

この出来事は、ヨアブの記憶に残り続けた。本論第4章で論じた通り、『サムエル記下』14章で、ヨアブはテコアの女の口に「地に流されれば、再び集めることのできない水のようなもの」(14:14)という喩えを置いた。

ここで、「流された水」が題材として選択された理由が問われる。死の不可逆を語る比喩であれば、枯れる草、砕ける器、風に散る糠、過ぎ去る影など、ほかにもありえた。聖書には、人の儚さを語る比喩が乏しくない。そのなかで選ばれているのが、地に流された水である。この比喩は、人の死の不可逆を言うにとどまらない。ひとたび地に吸われた水は、二度と集めることができない。命をかけて差し出されたものが地に吸われ、応答のないまま閉じられた水の逸話の場面は、水、地、注ぎ出し、不可逆、という構図を水の喩えと共有する。いずれの記述においても、水は命を象徴している。

ダビデは、その喩えの背後にヨアブの関与を即座に見抜きながら、見抜いた理由を語らず、帰還の許可だけを告げた。喩えがあの水の場面をダビデのうちに呼び起こすものであったことは、この察知と沈黙が間接的に証している。ヨアブが数ある比喩の中からこの一つを選んだとき、それは、結果として、家臣の犠牲に対するダビデの無自覚を、遠回しに指摘することになった。

ヨアブは、誰にも増して、この無自覚を目の当たりにする立場にあった。彼自身、忠誠を軽んじた王の罪に、深く関わっていた。本論で論じたとおり、ダビデはバト・シェバとの一件を覆うために、ヘト人ウリヤを死なせた。ウリヤは、戦場の仲間が野にとどまっているあいだは自分も家に帰らないと言って、神の箱と兵たちへの信義を守り抜いた臣下である。ダビデはその誠実さを前にしながら、彼を激戦の最前線に置いて見殺しにした。

ここで損なわれたのは、一人の兵の命にとどまらない。戦時の信義を貫こうとする誠実さが、王自身の過ちを覆うための手段として用いられ、軽んじられた。命を捧げて仕える者を、自らの保身のために葬り去ったのである。

この殺害を実行に移したのは、ヨアブであった。誠実な臣下を死なせるその役を、彼は王の手足として果たした。ヨアブは、この事実を自らの内に抱え続けることになる。

アブサロムの反乱が鎮められたとき、ダビデは、自らに背いた息子の死を激しく嘆いた。だがその勝利は、ダビデのために身を賭して戦った者たちが贖ったものであり、命を落とした兵も少なくなかったはずである。主君のために最も多くを失ったその者たちを、王は顧みない。背いた息子ひとりの死に、王は沈んでいる。王のために流された血は、息子への嘆きの影で顧みられていない。

このとき、ヨアブがダビデの前に立つ。彼は、王が兵たちを辱めていることを、面と向かって突きつけた。命を賭して王とその家族を救った者たちの前で、敵となった息子のために嘆く。その振る舞いが将兵の忠誠をどれほど踏みにじっているかを、ヨアブは王に告げる。

その後ダビデは、反乱軍を率いた敵将アマサを、自軍の司令官に据えようとする。ダビデの兵たちは、このアマサが率いた軍勢と戦い、血を流したのである。倒れた味方の犠牲の上に、その敵を率いた将を置くこの人事は、ヨアブの目には、兵たちの犠牲を軽んじるものと映りえた。かつて敵将アブネルを受け入れようとしたダビデを、ヨアブが阻んだのも、これと重なる構図であった。アブネルとアマサは、ヨアブの地位を脅かす存在であった。同時に、彼らの重用は、王が兵たちの死を重く見ていなかったことを示唆している。アブサロムの死を嘆く姿に続いて、ここでもまた、王のために流された血は、王の選び取る振る舞いのなかで後景に退いている。

そして晩年、ダビデは人口調査を行う。それは、『民数記』における人口調査とは、性格を異にするものであった。神の大切な所有物である民を数える行為ではなかった。

動員しうる兵を数え上げるこの行為は、王権が用いうる力を、すなわち王のために戦い倒れうる者たちの命を、数量として把握しようとするものであった。自らを支える血を、もはや個々の犠牲としてではなく、数として扱う。治世の初めに、命をかけて汲まれた水を血と呼びながら地に注いだ王は、ここに至って、その血を数える。

この調査を、ヨアブは正面から諫めた。本論3.7節で述べた通り、この抵抗には、軍への影響力をめぐる権力闘争としての側面があったと推察される。とはいえ、それだけが抵抗の理由ではない。ヨアブだけでなく、他の家臣たちも王の決定に異を唱えたことが、それを証している。水の出来事に始まり、ウリヤの死、アブサロムの死、アマサの登用を経て、人口調査に至る。これらの局面で、ヨアブは幾度か王に異を唱える側に立った。ヨアブが王に抗ったそれらの場面は、いずれも、ダビデが配下の犠牲に無自覚であった局面と重なっている。

そして、『歴代誌上』において、人口調査の直後に置かれているのが、21:7と21:29-30である。ダビデに下る神の断罪が、ダビデ自身の悔いとしてではなく神の側からの評価として据えられ(21:7)、神を求めて行くことができないダビデの姿が、独自素材として書き加えられる(21:29-30)。血を数えたその果てに、神に咎められ、神に近づきえないダビデが置かれている。

2.2 浮かび上がる理想像との乖離

ここまで辿ってきた線を、『歴代誌上』四箇所の上に置き直す。

22:8・28:3でダビデが回顧する血は、本稿第1章で見たとおり、特定の一件に限定されず、その指す出来事を特定しないまま置かれていた。この血は、自らを支える者たちの犠牲に無自覚であり続けたダビデの歩みと、重なって読める。一つの事件にではなく治世そのものに向けられているとすれば、血が特定の出来事に絞られないことの意味も理解できる。

21:7で、人口調査の咎が、ダビデ自身の悔いから神の断罪へと移されていたことも、同じ線の上に置いて読める。否定的な出来事を省き、ダビデを理想化する傾向の顕著な『歴代誌上』にあって、この置換は逆を向いている。謙虚に悔悛する王の姿は、理想像に資するはずである。それをあえて消し、咎を神の側からの断罪として据えることで、読者の受け取る印象において、罪はかえって重くなっている。理想化の書が、ここでは、ダビデの咎を軽くするのではなく、際立たせる方向に手を加えている。

21:29-30で、神を求めて行くことができないダビデの状態が、「そのころ」という時間表現によってどこまで遡るとも定められぬまま置かれていたことも、ここで意味を持つ。神に近づきえないその状態は、神の助力が語られなかった時期、すなわち、ウリヤ殺害とその隠蔽を契機として、自らを支える血への無自覚がさらに重ねられた時期へと、開かれている。

2.3 ヨアブの後退と無自覚の後景化

四箇所は、神に選ばれた王の理想像から一様にダビデを引き離す。この点は、『歴代誌上』におけるヨアブの扱いとも、無関係ではない。『サムエル記下』には、ダビデの暗部を伝える出来事がいくつもあり、その多くにヨアブが関与していた。アブネル、ウリヤ、アブサロム、アマサの殺害に関わる叙述である。これらは、ヨアブの手によって、あるいはヨアブを介して遂行された。そして、その根をたどれば、いずれも、犠牲に対する王の無自覚に行き着く。敵であったアブネルやアマサの重用は、彼らと戦って血を流した兵たちを顧みない人事であり、アブサロムをめぐる経緯は、勝利を担った兵を後景に退けた末のものであった。ウリヤにしても、ダビデが家臣の献身と犠牲を重んじていれば、死なせるには至らなかったであろう。

『歴代誌上』では、ダビデの無自覚を読み取りうる出来事は、人口調査を除けば、ほぼ省かれている。この点は、水の逸話の読解にも影響を及ぼす。王の無自覚が後景化されている結果、同書だけを読む者が真相に気付く余地は狭められている。さらに、この編集は、ヨアブの人物像にも影響を与える。ヨアブは、もはや王の在り方に意義を唱える者としては読まれず、忠実な兵たちの頂点に位置する司令官となる。他方、本稿の見た四箇所は、あえて『サムエル記下』にない形で据えられているようにも見える。出来事を叙述から取り除きながら、罪の痕跡は残す。本論および補稿が論じた、消去を完結させず痕跡を残すという編集の二重性が、ここにも認められる。


結論

本論は、勇士名簿における名の配置と欠落に、補稿は、アヒトフェル一族三代にわたる名の置換に、『歴代誌上』における編集の二重性を見出した。表層から否定的なものを取り除きながら、その除去を完結させず、痕跡を残す。その操作は、人名に、語形に、配置に及んでいた。

本稿が四箇所の独自素材に見たのは、同じ操作が、ダビデの人物像そのものの上にも及んでいることである。ダビデ自身が血を流したと語る発話に、人口調査に下る神の評価に、神に近づきえない姿に、血への無自覚という陰りが、読み取られうる痕跡として残されている。本論が名の配置と欠落に、補稿が名の置換に見出した編集の二重性は、ここでは、ダビデの人物像の上に現れている。

このことは、『歴代誌上』におけるヨアブの扱いからも、傍証される。『サムエル記下』において、ダビデの無自覚を読み取りうる出来事には、しばしばヨアブが関与していた。だが、その多くは『歴代誌上』の叙述から取り除かれている。それでもなお、咎の痕跡は、ヨアブをめぐる省略と四箇所の残置との対比から読み取れる。『サムエル記下』と交差参照するとき、ヨアブは、ダビデの無自覚を照らし出す。

ダビデの無自覚は、単純に批判されるべきものではない。22:8・28:3では、血を流したことが、ダビデ自身の口から語られている。これをダビデの自省として捉えることもできる。弁護の余地は残されている。とはいえ、その血が具体的にどの出来事を指すのかは、ここでも語られない。晩年のダビデが、流された血の重みをどの程度自覚していたのかは、ここに至っても明示されない。神に選ばれ、神を求め、神に栄光を帰し続けた王が、その同じ生涯において、自らを支えた者たちの血とどう向き合っていたのか。『歴代誌上』は、その問いを内包している。

本稿は、四箇所に見た構造を、『歴代誌上』編者の手による操作として論じてきた。家臣の犠牲への無自覚という陰りを、編者が、『サムエル記下』にはない記述によってダビデ像のうちに残した、と読んできた。

だが、ここで描き出した叙述の構造は、別の立場からも読みうる。たとえば、聖書の著者を神とする立場から見るならば、ここで編者の操作と呼んだものには、異なる説明が与えられるだろう。ただし、その場合でも、四箇所がいずれもダビデの罪を叙述に刻んでいるという構造は、変わらず在りつづける。本稿が記述しようとしたのはその構造であって、それをどの手に帰すかは、なお開かれている。

本論から本稿に至る試みが見出したのは、その『歴代誌上』が、王の否定的側面を露わにする具体的な出来事の多くを省きながらも、罪の存在そのものは消し去っていない、という事実であった。省かれたものは、消えてはいない。名の配置に、語形に、そしてダビデ自身の人物像に、それは読み取られうる形で宿りつづけている。『歴代誌上』のダビデは、闇の部分を一掃された理想像ではない。理想の王として読むことも、その内に残る陰りを読むことも、この書は許している。本稿が読み取ったのは、おおむねダビデの否定的な側面である。だが、それはダビデ像の結論ではなく、その複雑さの入り口である。信仰に生きた王としての叙述に否定的側面を残すこの構造が指し示すのは、理想的な王か、それとも対極に位置する像か、という二者択一そのものが、ダビデの実像を捉えるには粗すぎるということである。

この理解は、伝統的に受容されてきたダビデ像に修正を迫るものである。『サムエル記下』が明示し、『歴代誌上』が仄めかすダビデの暗部は、神による是認と整合するのか、という問題が生じる。これは本論考の射程を超えた難問であり、本稿は明確な答えを持たない。とはいえ、叙述における咎の残置と、治世後半の戦争記事で神の助力が語られないことは、神の評価においても、姦淫とウリヤ殺害、そして人口調査を除くダビデの行為が、すべて是認されたわけではないことを示唆しているとも読める。

ダビデの人間性は、悔い改めの有無や、信仰の篤さといった、単一の物差しでは測れない。その実像が明らかになったとは、なお言い難い。本論から本稿に至る試みが触れようとしてきたのは、その、一義的な像へと閉じきらない余地であった。


あとがき

本稿が読み取った内容は、扱いに注意を要する。最後に、この点に関して警鐘を鳴らしておきたい。ダビデの理想像と整合しえない要素への接近は、ともすれば、信仰を傷付けかねない。本稿が扱った内容からして、すでに、信仰を持つ方々に不快感を与えうるものであった。これまで、ダビデは信仰の手本として、多くの尊敬を集めてきた。本稿が提示した理解は、そのダビデ像と緊張関係にある。しかし、新たなダビデ像が、彼を敬愛する人々への攻撃に用いられることがあってはならない。この分野の研究が、悪意ある者によって、特定の宗教や集団への攻撃材料とされる恐れもある。研究がこれを煽ることは、決してあってはならない。ダビデを研究する者は、このことを軽く見るべきではない。研究者には、信仰への配慮と自制が求められる。これは必ずしも信者に対する忖度を意味しない。不都合に見える記述から目を背け客観性を欠くなら、それはもはや学術的論考というより、教義の一形態になってしまう。特定の教義を過度に自明視し柔軟性を欠く学術上の態度は、自由な研究の妨げとなってきた。批判されるべきは、信仰そのものではなく、特定の解釈を恣意的に正当化し、他者に押し付ける態度である。解釈の多様性を尊重することは、健全な議論に不可欠である。『歴代誌上』が、ダビデを称揚しながらも、その影を痕跡として残したように、これを研究する者にも、理性的な態度が求められる。ダビデ研究の発展を期待すると共に、留意すべき危険性を指摘し、一連の論考を、ここで閉じることにする。

アヒトフェル一族における名の置換と物語的含意(ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか 補稿1)

本記事は、Zenodo で公開している論文『ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか——『サムエル記下』と『歴代誌上』を読み直す』(以下、本論と呼称します。)の補稿「アヒトフェル一族における名の置換と物語的含意」全文です。本論第5章3節で示された名の操作(アヒトフェル一族の分割・反転・言い換え)を受け、変換先に選ばれた名そのものが帯びる物語的含意を検討します。

本論には、この補稿のほかに、『歴代誌上』の独自素材が示すダビデ像を扱った補稿2「『歴代誌上』に残るダビデの咎」もあります。

これらは、当ブログでも公開しています。 本論へのリンクは目次記事をご参照ください。


凡例

本稿は、『ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか 『サムエル記下』と『歴代誌上』を読み直す』(以下、本論と記す)の補稿である。本論第5章3節「沈黙を縁取る名 交差合成と分割・逆順・匿名化」において示した編集上の操作を受けつつ、その操作において変換先に選ばれた名が、聖書の他の箇所で帯びている物語的含意について、あらためて検討を加える。本稿は本論既読者を読者として想定する。

引用の方式、ヘブライ語本文の表記、章節番号の扱い等は本論に準じる。

序論

本論第5章3節では、『サムエル記下』23章と『歴代誌上』11章および3章における、アヒトフェル、エリアム、バト・シェバの一族に施された名の操作が、形式的な側面から分析された。すなわち、父アヒトフェルの名が「ヘフェル」と「アヒヤ」に分割されたこと、子エリアムの名が「アミエル」へと反転されたこと、孫娘バト・シェバの名が「バト・シュア」へと言い換えられたこと、そしてこれらが父子交差合成、分割と逆順、無害化といった多層的な編集処理として位置づけられたことである。

本稿は、この分析を受けて、変換先として選ばれた名そのものが聖書の他の箇所においてどのような物語を帯びているのかという問いに焦点を当てる。

ここで提示したいのは、次の推論である。変換先に選ばれた「ヘフェル」「アヒヤ」「アミエル」「バト・シュア」という名は、単なる別名ではなく、聖書の他の箇所においてすでに特定の物語を帯びた名であり、編者はその物語の記憶を、名の置換を通して新たな文脈へと呼び込んでいる、という仮説である。

この検討は、各名が単独で帯びる含意の確認にとどまらない。最終的には、これらの変換先が相互に連携して暗示の層を構成していること、さらにその暗示構造が本論で論じられた『サムエル記下』の構造とどう関係するのかという問いにまで及ぶ。

以下、第1章から第3章では祖父、父、孫娘の三世代の順に、それぞれの変換先の名が帯びる物語的含意を個別に検討する。第4章では、そこから浮かび上がる編集の構造を考察する。第5章を結論とする。

1 祖父——分割された名が呼び込むもの

本論第5章3節で論じたとおり、『サムエル記下』23:34の「ギロ人アヒトフェルの子エリアム」は、『歴代誌上』11:36において「メケラティ人ヘフェル」と「ペロニ人アヒヤ」に置き換えられている。ここで起きているのは、父アヒトフェルを分割したかのような名への置換である。

アヒヤとヘフェルは、いずれも聖書中に複数回登場する呼称であり、同名の人物・地名が他の箇所にも出現する。すべての用例が暗示として機能しているとは言い難い。しかし、そのなかに、本稿の文脈において注目に値する用例がある。

1.1 アヒヤ——分裂を告げる名

「アヒヤ」の名を持つ人物のうち、本稿の関心において重要となるのは、『列王記上』11章に登場する預言者アヒヤである。彼は、ソロモンの晩年の背信——異国の妻たちに引きずられ、異教の神々を拝するに至ったこと——に対する神の裁きとして、王国の分裂を告げた人物である。

アヒヤは、ヤロブアムに出会った際、着ていた新しい外套を十二に引き裂き、そのうち十の切れ端をヤロブアムに与えた。ソロモンの死後、王国は裂かれ、十部族がヤロブアムのもとに渡される、という象徴的な預言である(王上 11:29-31)。この預言はそのとおりに実現し、王国は北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂する。

ここで注目すべきは、この名が置かれている文脈である。『歴代誌上』11:36において、アヒトフェルの名が実際に分割されているその位置に、「分裂を告げる預言者」の名が置かれている。名簿上の構造と、王国の分裂という預言とが響き合う構造がここに形成されている。

すなわちアヒヤは、意味を担うだけではなく、いま起きている名の分割そのものを指し示す働きをしているように見える。

1.2 ヘフェル——娘しかいない家系

「ヘフェル」の名については、『民数記』26:33に登場するマナセ族の人物に注目したい。彼の子ツェロフハドには息子がなく、娘ばかりであったと記される。娘たちは父の嗣業を受け継ぐ権利を訴え、これが認められる(民 27:1-11)。この家系は、聖書において「娘しかいない」という記憶と結びついている。

他方、『サムエル記下』において、アヒトフェルの子エリアムにバト・シェバ以外の子がいたことを示す記述は見当たらない。もしバト・シェバが唯一の子であったとすれば、「娘しかいない」という点で、アヒトフェルとヘフェルの家系は重なることになる。

以上の検討を踏まえるなら、アヒトフェルの名を分割して置かれた「ヘフェル」と「アヒヤ」の二名は、単に音形上の近接によって選ばれただけではない。分割を通して、王国の分裂と娘への収束という二つのモチーフが、この家に重ね合わされていると見ることができる。

2 父——反転された名が呼び込むもの

エリアム(אֱלִיעָם)は、『歴代誌上』3:5においてアミエル(עַמִּיאֵל)へと置き換えられている。אֵל(「神」)とעַם(「民」)という同一要素を逆順に組み合わせた、鏡像的な関係にある名である。

このアミエルもまた、聖書中に複数回登場する名である。『歴代誌上』26:5にはレビ人オベド・エドムの子として現れ、こちらはダビデ物語の文脈とは直接関わらない。しかし、『サムエル記下』におけるダビデ物語の内部には、エリアムとは完全に別人としてアミエルの名を持つ人物が一人現れている。ロ・デバル出身のマキルの父、アミエルである。

この事実は、一つの解釈可能性を開く。『歴代誌上』の編者は、エリアムをアミエルへ反転させるに際し、無から名を構成したのではなく、『サムエル記下』の物語世界にすでに存在する名を用いた、という可能性である。

2.1 『サムエル記下』17章における反転構造

このマキルは、『サムエル記下』9章において、サウルの子メフィボシェトを保護していた人物として初めて姿を見せる。ダビデがサウル家の遺児を探し出し王宮に迎え入れるまで、メフィボシェトはこのマキルのもとロ・デバルに身を寄せていた(サム下 9:4-5)。

マキルが再び姿を見せるのが、『サムエル記下』17章のマハナイムの場面である。アブサロムの反乱でエルサレムを追われたダビデは、ヨルダン川を渡ってマハナイムに至り、そこで三人の人物から食料や寝具の供給を受ける(17:27-29)。その一人が「ロ・デバル出身のアミエルの子マキル」である。

この場面の直前には、アヒトフェル——エリアムの父——の退場が描かれている。アヒトフェルはアブサロム側に与し、ダビデが送り込んだフシャイの対案によって自身の策が退けられると、故郷ギロに帰り、家を整えて自ら命を絶った(17:23)。

このマハナイム場面は、いくつかの対照を含んでいる。アヒトフェルは、最も近い側近でありながら王を裏切り、自死に至る。他方、ダビデを支えに回った人物たちの顔ぶれには、王との関係において一定の緊張を抱えうる者が含まれている。ショビは、ラバ出身のアンモン人であり、父名がナハシュ王と同名であることから、ダビデがヨアブに命じて征服したラバ(アンモンの王都)の王家に連なる人物であると考えられる。父王ナハシュの死後、その子ハヌンは王位を継いだが、ダビデの使節を辱めたことを端緒として戦端が開かれ、ラバは陥落に至った(サム下 10-12章)。ショビが反乱時のダビデに大量の物資を供給しえていることは、ハヌン失脚後も彼がダビデのもとで一定の地位を保っていた可能性を示唆する。とはいえ、ダビデはショビにとって、祖国を滅亡に至らしめた人物でもあった。

マキルは、先に述べたとおりメフィボシェトを保護していた人物であり、反乱のさなかダビデはメフィボシェトの家臣ツィバの讒言を容れてメフィボシェトの全財産を彼に与える処分を下している(サム下 16:1-4)。この処分をマキルがどの程度知りえていたのかを叙述から確定することはできないが、彼がかつて保護していた人物の処遇に関わる事柄である以上、ダビデとのあいだに一定の緊張を含みうる立場にあったと見ることはできる。

それにもかかわらず、彼らはダビデを助ける。ここに形成されているのは、裏切りと助力、死と回復という対照である。

この対照の中に、「アミエル」という名が置かれている。アヒトフェルの息子エリアムの名を反転させた形を帯びたこの名は、反逆者の側に属する名が、反対側の文脈において反転した形で現れるという構造を形成しているように見える。行動の対照、結末の対照、語形の反転という三つの次元が、この場面において重なっている。

この構造を踏まえるなら、『歴代誌上』におけるエリアムのアミエル化は、17章にすでに埋め込まれていた潜在的な反転関係を『歴代誌』編者が読み取り、名の置換として明示化したものと理解することができる。

2.2 アミエル——不信と裁きの記憶

さらに、アミエルの名は『民数記』13-14章にも登場する。モーセがカナンの地を偵察するために遣わした十二人の斥候の一人、ダン族のアミエルである。彼は偵察から帰った後、その地の強大さに恐れを抱き、約束の地に入ることを退けた。神の約束に対する不信仰である。この報告は民を動揺させ、その結果、彼は他の九人の斥候とともに神の裁きを受けて死ぬ(民 14:37)。

したがってアミエルという名には、反転構造の中で機能する位置に加えて、不信と裁きという既存の物語的含意が重ねられていると見ることができる。

3 孫娘——言い換えられた名が呼び込むもの

本論第5章3節で確認したとおり、『歴代誌上』3:5においてバト・シェバはバト・シュアへと言い換えられている。「シェバ(שֶׁבַע)」は反乱者シェバ(サム下20章)と同綴であり、この言い換えによって、反乱を想起させる連想は表層から取り除かれる。

しかし、この置換は単なる連想の除去にとどまらない。変換先として選ばれた「バト・シュア」という名には、別の物語の記憶が付着している。

3.1 バト・シュア——ユダ族の始祖の家

ヘブライ語「バト(בַּת)」は「娘」という意味である。『創世記』38章に登場するユダの妻は、人名表記を欠くが、カナン人「シュア」の娘として提示される。ユダには、彼女とのあいだに三人の息子が生まれた。長男エルはタマルを妻に迎えたが、主の前に悪を行い、神に打たれて死んだ。タマルは次男オナンと義兄弟結婚をするが、オナンは兄の家系存続にかかわる義務を果たさず、彼もまた神に打たれる。三男シェラが残されたが、ユダはタマルにシェラを与えることをせず、タマルの権利を不当に退けた。

やがてユダ自身が、身分を隠したタマルと知らずに関係を持つ。真相が明らかになったとき、ユダは「わたしより彼女の方が正しい」(創 38:26)と認めた。

ここに見られるのは、性にまつわる不正——家長ユダ自身を含む——、神の裁きによる子の絶命、そして真相を突きつけられたときの告白という構図である。

この構図は、ダビデの物語と重ね合わせうる。ダビデはユダ族出身の王であり、彼が犯したのも、姦淫という性にまつわる罪であった。バト・シェバとの最初の子もまた、神に打たれて亡くなっている(サム下 12:18)。そしてナタンに「その男はあなただ」と突きつけられたとき、ダビデは「わたしは主に罪を犯した」と応答した(サム下 12:13)。

3.2 タマルの二重の響き

さらに注目すべきは、タマルという名である。ユダの長男エルの妻タマルは、家長による不当な扱いを受けた人物として描かれている。そしてダビデの娘にも、同じタマルの名を持つ人物がいる。異母兄アムノンから辱めを受けた、あのタマルである(サム下 13章)。

ユダの家のタマルも、ダビデの家のタマルも、力を持つ者による不正義のもとに置かれている。始祖の家に見られた構造が、ダビデの家において反復されているという構図がここにある。

バト・シェバからバト・シュアへの言い換えは、反乱を想起させる連想を表層から取り除きつつ、ユダ族の始祖の家に遡る不正と裁きの構造を、暗示的な層に呼び込んでいるものと見ることができる。

4 名の置換が示す編集の構造

第1章から第3章での個別の検討を踏まえ、本章では、これらの観察から浮かび上がる編集の構造を考察する。まず4.1節で、変換先として選ばれた名が相互に連携して構成する暗示構造を検討し、その構造が『サムエル記下』にすでに存在していた暗示と継承関係にあることを論じる。続く4.2節で、これらの観察から浮かび上がる編集の二重性を提示する。

4.1 暗示構造の構成と継承

変換先として選ばれた四つの名——ヘフェル、アヒヤ、アミエル、バト・シュア——は、それぞれ独立して物語を呼び込むだけでなく、相互に連携して特定の主題を浮かび上がらせる。

第一に、ヘフェルとバト・シュアの組み合わせは、家系存続の危機という主題を二つの物語空間から重ねて呼び込む。ヘフェルの家系は「娘しかいない」という記憶と結び付き、シュアの家ではユダの長男エルと次男オナンが相次いで神に打たれて死ぬ。エリアムにとってバト・シェバが唯一の子であった可能性、さらにはダビデ家における息子たちの相次ぐ喪失も、この主題に呼応しうる。

第二に、斥候アミエルと預言者アヒヤのあいだには、十二を十と二に分け、十の側が取り去られるという構造の共有が認められる。斥候アミエルが属する十人の斥候は神罰によって命を取り去られ(残るヨシュアとカレブの二人が約束の地に入る)、預言者アヒヤが裂いた外套においては十部族がダビデ家から取り去られてヤロブアムに与えられる(ユダとベニヤミンの二部族のみがダビデ家に残る)。さらにシュアの家が指し示す性の不正と組み合わせるとき、『サムエル記下』20:3に記される、アブサロムによって辱められた後に隔離された十人の側室の事例が射程に入ってくる。彼女たちもまた、ダビデとの関係を取り去られ、隔離され、子孫を残す機会さえ取り去られた。バト・シェバがダビデの妻となり後継ソロモンの母となったのとは対照的な処遇である。性の不正と「十」、そして取り去られるという構造が、これらの場面に重なって現れる。

これらの照射には、もう一つの共通点がある。置き換えられた名がいずれも、神の裁きの記憶を伴う物語空間から引かれている点である。ヘフェルが属する家系では嗣業の継承が神の前での裁定を要した。アヒヤが告げた王国分裂は神の裁きとして発せられた。斥候アミエルは神罰によって死んだ。シュアの家でも、ユダの長男と次男は主に打たれて死んだ。変換先として選ばれた名は、いずれも神の裁きと結び付けられた物語空間から引かれており、この点は編者の選択における一貫した性格として指摘されうる。

すなわち、変換先の四つの名は、それぞれ単独で物語を呼び込むだけでなく、相互に呼応し複合的に作用することで、エリアム一家とダビデの家に起きた複数の出来事の輪郭を、別の物語空間からの素材によって暗示の層に再構成している。

ここで重要なのは、こうした暗示的構えが、変換先の名の選択によって初めて生み出されたのではないという点である。本論第5章3節で論じられたとおり、『サムエル記下』23章にはアヒアムとエリフェレトを介した父子交差合成が認められる。さらに本稿2.1節で見たとおり、『サムエル記下』17章のマハナイム場面にもアミエルの名と反転構造がすでに埋め込まれていた。歴代誌の編者によるヘフェルとアヒヤへの分割、エリアムからアミエルへの反転、バト・シェバからバト・シュアへの言い換えは、サム下にすでに存在していたこれらの暗示構造を、別の物語空間からの素材によって拡張・強化する形で配置されているように見える。

4.2 編集の二重性

『歴代誌上』の系譜と名簿において、エリアム一家の三世代の連なりは、表層上見えにくくされている。アヒトフェルは27:33に「王の顧問」として現れるが、反乱への加担はもとより、アミエルやバト・シュアとの繋がりも語られない。系譜と名簿のあいだで、アヒトフェルとエリアム(アミエル)を結ぶ父子関係は叙述から退けられている。表層において、三世代を貫く血縁の連なりは断たれている。

しかし、4.1節で見た連携を踏まえると、暗示の層では別の構造が立ち上がる。ヘフェル(祖父アヒトフェルの分割の一方)とバト・シュア(孫娘バト・シェバの言い換え)の組み合わせが家系存続の危機を呼び込み、アヒヤ(祖父アヒトフェルの分割のもう一方)と斥候アミエル(父エリアムの反転に重ねられた含意)の組み合わせが十の取り去られる構造を呼び込み、さらにバト・シュアと組み合わさることで十人の側室の事例が射程に入る。これらの呼び込みは、祖父・父・孫娘という三世代の名を組み合わせる形で機能している。表層で断たれた三世代の連なりは、暗示の層において、変換先の名同士の連携を通して再び結び直されている。

すなわち、編者の操作は、表層において三世代の血縁を遠ざけつつ、暗示の層において別の物語空間からの素材によって三世代を結び直すという、二重の方向を持つ。歴代誌は、表層において記憶を退けつつ、暗示の層において別の素材から再構成するという、除去と保存を同時に遂行している。本論第7章6節が論じた「『サムエル記下』側の沈黙を再点火する」という現象は、この二重の操作の結果として理解されうる。表面から退かされた一族の記憶は、変換先の名が背負う物語を媒介として、両書を交差させて読む者に再び姿を現すのである。

なお、エリアム一家への変名と、本論第6章・第7章で論じられた三勇士のシャンマへの変名(シャモト、シャムフト)とは、変換先の選び方において明確な対照を示す。シャモトとシャムフトはいずれも聖書の他の文書には現れない孤立形であり、本論はこれらが既存の人物名を借りたのではなく、語形操作によって意図的に作り出された名であることを論じた。これに対し、エリアム一家への操作において変換先に選ばれた四つの名は、いずれも聖書の他の文書において具体的な人物として登場し、固有の物語を担う。両者は、編集手法の異なる二つの方向を示す事例として並置されうる。

5 結論——動機をめぐる問いと展望

本稿が観察した編集の二重性は、表層からの除去と暗示の層への保存とを同時に遂行するという、複雑な性格を帯びている。表層において、エリアム一家の三世代の連なりは断たれている。しかし暗示の層では、外部から引かれた素材を媒介として、その三世代が再び結び直されている。除去された記憶は消滅しているのではなく、別の物語空間からの素材を借りて再構成されている。

この二重の操作は、単純な動機からは説明しにくい。表層からの除去だけが目的であれば、暗示の層に三世代を結び直す必要はない。逆に、記憶を保持することだけが目的であれば、表層から退ける必要はない。両者が同時に遂行されているという事実は、編者の意図がいかなるものであれ、複雑な性格を帯びていたことを示唆する。

もしこのような操作が、エリアム一家にとどまらず、本論で論じられた他の編集事例にも及んでいるとすれば、『歴代誌上』の編集方針は、これまで想定されてきた以上に積極的で複雑な性格を帯びていた可能性がある。記憶の保存への意志か、聖典間の対話の構築か、特定の読み手への伝達か——本稿はその動機を判断する材料を持たない。本稿が観察した構造が他の領域にも及んでいるかどうかも含め、これらの検討は本稿の射程を超える今後の課題として残される。

ただ、本稿が観察した構造は、『歴代誌上』の編集方針の理解にとって、なお視野を広げる余地があることを、静かに示しているように思われる。

『歴代誌上』は、エリアム一族に起きた出来事を具体的に語らない。しかし、変換先として選ばれた名そのものを通して、聖書の他の文書に蓄積された物語の記憶を新たな文脈に呼び込んでいる。この記憶は、並行記述を持つ『サムエル記下』だけでなく、『創世記』『民数記』『列王記上』を含む先行する諸文書を視野に収めて読むときに、はじめて作動する。本稿が描こうとしたのは、その作動の一端である。

名の置換は、呼称の変更にとどまらない。それは、名が担っていた物語を、新たな文脈へと移植する行為である。『歴代誌上』は、先行する諸文書の叙述を踏まえて読むとき、この編集方針を通して、読者に新たな理解の道を開いているように見える。

付録A:サムエル記下23章/歴代誌上11章 勇士名簿比較一覧表/付録B:『歴代誌上』11章/27章人物名比較表(ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか その10)

本記事は、Zenodo で公開している論文『ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか——『サムエル記下』と『歴代誌上』を読み直す』(著者:戸澤篤)の一部を、章ごとに分割して転載したものです。本記事は「付録A・付録B」にあたります。


付録A:サムエル記下23章/歴代誌上11章 勇士名簿比較一覧表

参照箇所
(サム下 / 代上)
サムエル記下23章 歴代誌上11章 備考
23:8 / 11:11 イシュバアル(ハクモニ人)יֹשֵׁב בַּשֶּׁבֶת yōšēḇ baššeḇeṯ ヤショブアム יָשָׁבְעָם yāšāḇʿām
(ハクモニの子)
歴代誌上27章では
ザブディエルの子 第一月将軍
23:9–10 / 11:12–14 エルアザル אֶלְעָזָר (アホア人ドドの子) エルアザル אֶלְעָזָר (アホア人ドドの子) 歴代誌上27章では
アホア人ドダイ 第二月将軍
23:11–12 / ― シャンマ שַׁמָּה (ハラリ人、アゲの子) 記載なし 歴代誌上27章では
イズラ人シャムフト 第五月将軍
23:18–19 / 11:20–21 アビシャイ אֲבִישַׁי (ヨアブの兄弟) アブシャイ אֲבִישַׁי (ヨアブの兄弟)
23:20–23 / 11:22–25 ベナヤ בְּנָיָהוּ (ヨヤダの子) ベナヤ בְּנָיָהוּ (ヨヤダの子)
23:24 / 11:26 アサエル עֲשָׂה־אֵל (ヨアブの兄弟) アサエル עֲשָׂה־אֵל
(ヨアブの兄弟)
イスラエル統一前に
戦死 第四月将軍
23:24 / 11:26 エルハナン אֶלְחָנָן (ドドの子) エルハナン אֶלְחָנָן (トドの子)
23:25 / 11:27 シャンマ שַׁמָּה (ハロド人) シャモト שַׁמּוֹת (ハロリ人)
23:25 / 11:27 エリカ אֱלִיקָא (ハロド人) 記載なし
23:26 / 11:27 ヘレツ חֶלֶץ (パルティ人) ヘレツ חֶלֶץ (ペロニ人) 第七月将軍
23:26 / 11:28 イラ עִירָא(イケシュの子、テコア人) イラ עִירָא(テコア人イケシュの子) 第六月将軍
23:27 / 11:28 アビエゼル אֲבִיעֶזֶר (アナトト人) アビエゼル אֲבִיעֶזֶר (アナトト人) 第九月将軍
23:27 / 11:29 メブナイ מְבֻנַּי (フシャ人) シベカイ סִבְּכַי (フシャ人) 第八月将軍
(シベカイ)
23:28 / 11:29 ツァルモン צַלְמוֹן (アホア人) イライ אִילַי (アホア人)
23:28 / 11:30 マフライ מַהְרַי (ネトファ人) マフライ מַהְרַי (ネトファ人) 第十月将軍
23:29 / 11:30 ヘレブ חֵלֶב
(バアナの子、ネトファ人)
ヘレド חֵלֶד (バアナの子、ネトファ人) 第十二月将軍 (ヘルダイ)
23:29 / 11:31 イタイ אִתַּי
(リバイの子、ベニヤミンのギブア出身)
イタイ אִיתַי (リバイの子、ベニヤミンのギブア出身)
23:30 / 11:31 ベナヤ בְּנָיָה (ピルアトン人) ベナヤ בְּנָיָה (ピルアトン人) 第十一月将軍
23:30 / 11:32 ヒダイ הִדַּי (ガアシュ川出身) フライ חוּרַי (ガアシュ川出身)
23:31 / 11:32 アビ・アルボンאֲבִי־עַלְבֹון (アルバト人) アビエル אֲבִיאֵל (アルバト人)
23:31 / 11:33 アズマベト עַזְמָוֶת
(バフリム人)
アズマベト עַזְמָוֶת (バフルム人)
23:32 / 11:33 エルヤフバ אֶלְיַחְבָּא (シャアルボン人) エルヤフバ אֶלְיַחְבָּא (シャアルボン人)
23:32 / 11:34 ベネヤシェン בְּנֵי יָשֵׁן ハシェムの子ら בְּנֵי־הָשֵׁם (ギゾニ人) ベネヤシェンは個人名説と父名説有り
23:32 / 11:34 ヨナタン יוֹנָתָן ヨナタン יוֹנָתָן(シャゲの子、ハラリ人)
23:33 / 11:35 シャンマ שַׁמָּה (ハラリ人) 記載なし
23:33 / 11:35 アヒアム אֲחִיאָם(シャラルの子、アラル人) アヒアム אֲחִיאָם(サカルの子、ハラリ人)
23:34 / 11:35 エリフェレト אֱלִיפֶלֶט(アハスバイの子、マアカ人) エリファル אֱלִיפָל (ウルの子)
23:34 / 11:36 エリアム אֱלִיעָם (アヒトフェルの子、ギロ人) へフェル חֵפֶר (メケラティ人)
アヒヤ אֲחִיָּה
(ペロニ人)
へフェル+アヒヤ =アヒトフェルを分割反転の可能性
23:35 / 11:37 ヘツライ חֶצְרַי (カルメル人) ヘツロ חֶצְרוֹ (カルメル人)
23:35 / 11:37 パアライ פַּעְרַי (アラブ人) ナアライ נַעֲרַי (エズバイの子)
23:36 / 11:38 イグアル יִגְאַל(ナタンの子、ツォバ出身) ヨエル יוֹאֵל (ナタンの兄弟)
23:36 / 11:38 バニ בָּנִי (ガディ人) ミブハル וּמִבְחָר (ハグリの子)
23:37 / 11:39 ツェレク צֶלֶק (アンモン人) ツェレク צֶלֶק (アンモン人)
23:37 / 11:39 ナフライ נַחְרַי
(ベエロト人)
ナフライ נַחֲרַי (ベエロト人) ツェルヤの子ヨアブの武具を持つ者
23:38 / 11:40 イラ עִירָא (イエテル人) イラ עִירָא (イエテル人)
23:38 / 11:40 ガレブ גָּרֵב (イエテル人) ガレブ גָּרֵב (イエテル人)
23:39 / 11:41 ウリヤ אוּרִיָּה (ヘト人) ウリヤ אוּרִיָּה (ヘト人)
23:39 / 11:41-47 「総員三十七名。」 ウリヤの後に16人続く
- / 11:44 シャマ שָׁמַע (ホタムの子、アロエル人) 追加の16名から抜粋 シャンマשַׁמָּהとは綴り、意味共に異なる

付録B:『歴代誌上』11章/27章人物名比較表

注: 本比較表は、名の対応関係を示すものであり、位置的対応関係を表すものではない。

担当月
(歴代誌上27章)
歴代誌上11章 歴代誌上27章
第一月 ヤショブアム
יָשָׁבְעָם
ハクモニの子
ヤショブアム יָשָׁבְעָם
ザブディエルの子、ペレツの子らの一人
第二月 エルアザル אֶלְעָזָר アホア人ドドの子 ドダイ דּוֹדַי
アホア人、「その組と共に指導者ミクロトもいた」
第三月 ベナヤ בְּנָיָהוּ ヨヤダの子 ベナヤ בְּנָיָהוּ 祭司長ヨヤダの子
第四月 アサエル עֲשָׂהֵאל ヨアブの兄弟 アサエル עֲשָׂהֵאל ヨアブの兄弟 後継はゼバドヤ
第五月 シャモト שַׁמּוֹת ハロリ人 シャムフト שַׁמְחוּת
イズラ人
第六月 イラ עִירָא テコア人イケシュの子 イラ עִירָא
テコア人、イケシュの子
第七月 ヘレツ חֶלֶץ ペロニ人 ヘレツ חֶלֶץ
エフライム族、ペロニ人
第八月 シベカイ סִבְּכַי フシャ人 シベカイ סִבְּכַי
ゼラの一族、フシャ人
第九月 アビエゼル אֲבִיעֶזֶר アナトト人 アビエゼル אֲבִיעֶזֶר
ベニヤミン族、アナトト人
第十月 マフライ מַהְרַי ネトファ人 マフライ מַהְרַי
ゼラの一族、ネトファ人
第十一月 ベナヤ בְּנָיָה ピルアトン人 ベナヤ בְּנָיָה エフライム族ピルアトン人
第十二月 ヘレド חֵלֶד バアナの子、ネトファ人 ヘルダイ חֶלְדַּי オトニエルの者、ネトファ人

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結論・あとがき・追記(ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか その9)

本記事は、Zenodo で公開している論文『ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか——『サムエル記下』と『歴代誌上』を読み直す』(著者:戸澤篤)の一部を、章ごとに分割して転載したものです。本記事は「結論・あとがき」にあたります。

  • 論文全体(決定版・PDF): Zenodo DOI: 10.5281/zenodo.19528929
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  • 本記事の脚注番号は各記事内で独立して振り直しており、論文本体の通し番号とは一致しません。

結論

本論文は、ダビデ王と側近の関係が崩壊へ至る過程と、記述に埋め込まれた記憶操作を、名の記録とその沈黙という視点から再検討してきた。王の罪に沈黙した者、忠誠によって応えた者、そしてその名を記録から削られた者たち。その対照のなかに、王権の影と神の選びの逆説が浮かび上がる。

ヨアブは命じられるままにウリヤを殺し、真相を明かすことはなかった。だがその沈黙は、王にとって最も不都合な鏡であり続けた。また、三勇士は命をかけて水を汲み献上したが、王は飲むことを拒み、これを地に注ぎ出した。それは忠誠の否定ではなく、厳粛な信仰告白であったのかもしれない。しかし、王の行為は、勇士たちにとっては応答の途を絶たれた沈黙の始まりとなった。『歴代誌』編者はその沈黙を読み取りながらも、記録操作によって彼らの存在を制度に回収した。彼らは記録の中に残り続けたが、その沈黙は、永らく覆い隠されることになった。

沈黙と暗示の構造は、王権の暗部や関係の断絶を、直接的な告発ではなく、配置や語形の揺れを通して語る手法として機能している。しかし、そのような含意が、実際の読解においてどの程度まで可視化されえたのかは、なお検討を要する。とりわけ、『歴代誌上』における改名や再配置が、『サムエル記下』に埋め込まれた沈黙をどこまで前提し、またそれを読み取りうる読解条件をいかに想定していたのかは、今後の課題として残される。

最後に、本論文が照らそうとしたのは、名の影に沈んだ者たちの声であり、その沈黙を通して浮かび上がる王の実像である。聖書は、語られた言葉だけでなく、語られなかった沈黙によっても、人間と神との関係を記録している。記されなかった名、削られた名、偽装された名。それらは記録からこぼれ落ちたのではなく、ある判断のもとに沈められた名である。本稿はその沈黙を読み取り、語り直す試みであった。記録に名を残すことは、記憶を継承することである。そして、記憶を選別することは、裁きの一形態でもある。王の物語において、誰の名が残り、誰の名が消されたのか。その問いの先に、赦しと真実の在りかが浮かび上がることを願って、筆を置くこととしたい。

あとがき

本稿において、参考文献が提示されていないことを率直にお伝えしたい。著者は在野の立場にあり、先行研究にアクセスする手段が限定されているため、直接参照可能な文献に制約が生じた。

AIの進歩は著者の研究スタイルに大きな変革をもたらした。AIによって、先行研究を検索し文献の概要を知ることはできる。しかし、これにはハルシネーションというリスクが伴う。このリスクは、数種類のAIを併用し、相互に回答を検証させることによって、ある程度は減ずることができる。とはいえ、当然ながら、AIリサーチで得られた文献情報を、参考文献リストとして提示することはできない。この点は読者が本論を検証する上で不便を与えうるものであり、ここに深くお詫び申し上げる。

もっとも、本稿の分析そのものは、本文批判的検討に依拠しており、与えられた環境の中で慎重に構築したものであることを併せて記しておきたい。

また、本稿の執筆にあたっては、推敲および文章整形の補助として Gemini 2.5 Pro、ChatGPT(GPT-4o および GPT-5 系列)」を用いた。これらのツールは表現の明確化と論旨の整理に貢献したが、研究の発想・構成・判断の主体はあくまで著者自身にある。もし著者の語彙や文体のみで執筆していたならば、読みにくさが一層増したであろうことは否めず、AIの存在には多くを助けられた。

研究環境の制約と執筆方法について以上の点を明記し、読者の理解を願う次第である。本稿は在野の立場からの一考察に過ぎないが、それでもダビデとその治世の実像を探る上で、僅かでも読者の思索に資するところがあれば、これに勝る喜びはない。

【追記】

本稿第5章3節の論証を補完する補稿「アヒトフェル一族における名の置換と物語的含意」(DOI: 10.5281/zenodo.19840471)および、『歴代誌上』の独自素材が示すダビデ像を扱った第二の補稿「『歴代誌上』に残るダビデの咎 」(DOI: 10.5281/zenodo.20686420)を公開した。あわせてご参照いただければ幸いである。


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第7章 当番将軍名簿と三勇士の変貌(ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか その8)

本記事は、Zenodo で公開している論文『ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか——『サムエル記下』と『歴代誌上』を読み直す』(著者:戸澤篤)の一部を、章ごとに分割して転載したものです。本記事は「第7章」にあたります。

  • 論文全体(決定版・PDF): Zenodo DOI: 10.5281/zenodo.19528929
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第7章 当番将軍名簿と三勇士の変貌

マソラ本文において、『歴代誌上』27章の当番将軍名簿では、三勇士の名はいずれも『サムエル記下』23章とは異なる形で記録されている(なお、古訳の一部には筆頭勇士の名に一致を示す系統も存在する)。本稿第5章および第6章で見たように、『歴代誌上』11章において三勇士の武勲は再構成されていた。27章における変名もまた、その再提示の連続上にある。本章は、この別名化の具体的様態を精査し、それがダビデ王権初期の記憶にいかなる再編をもたらしているのかを検討する。

なお、『歴代誌上』11章の勇士名簿と27章の当番将軍名簿における人名の対応関係については、「付録B:『歴代誌上』11章/27章人物名比較表」を参照されたい。

7.1 ザブディエルの子とアホア人ドダイ 変名された記憶の構造

三勇士イシュバアル、エルアザル、シャンマは、『歴代誌上』27章の当番将軍名簿において『サムエル記下』での姿をとどめていない。27章に登場する「ザブディエルの子ヤショブアム」「アホア人ドダイ」「イズラ人シャムフト」は、出自と名に残された要素から、名を加工された三勇士であると考えられ、いずれも別人のように再配置されている。

イシュバアルについては、『歴代誌上』11:11において名がヤショブアムとされ、戦果も「八百人」から「三百人」へ縮減されていた(本稿5.2節参照)。さらに同27:2では「ザブディエルの子ヤショブアム」となり、出自までもがハクモニから改変されている。この「ハクモニ(חַכְמוֹנִי , ḥakmônî)」の解釈については二つの理解が可能である。

第一に、個人名説であり、「ハクモニ」を固有の父名と理解する立場である。この場合、『歴代誌上』27章との不一致は本文伝承の異同、あるいは編集上の置換による矛盾として説明される。

第二に、称号説である。この立場では「ハクモニ」は父名ではなく「知恵の人」を意味する称号、あるいは一族の呼称とみなされる。その根拠は、① הַחַכְמוֹנִי(ha-ḥakmônî)には定冠詞ה ַ(ha-)が付されていること、②語根 ח־כ־ם(ḥ-k-m「知恵」)に基づく抽象的意味を帯びること、③ヤショブアムが一方で「ハクモニの子」、他方で「ザブディエルの子」とされる二重の出自を示すこと、④さらに「ハクモニの子エヒエル」が「王子たちの養育係」(代上27:32)という知恵教育に関わる役職を担っていること、の四点である。

もっとも、『歴代誌上』において「ハクモニの子」と「ザブディエルの子」が同時に提示されることはなく、読者の印象としてはハクモニからザブディエルへの変更として理解されやすい。したがって称号説を採るにせよ、本文構造上は出自改変という操作と並行して解釈できる。この点において、ハクモニの事例は、本節でこの後に扱うドドからドダイへの変形と整合しうる1

「ザブディエル(זַבְדִּיאֵל , zabdîʾēl=神は与えた)」は功績を神の賜物に帰す名である。「ヤショブアム(יָשָׁבְעָם , yāšāḇʿām)」という名自体が「民が住む」を意味するため、「ハクモニの子ヤショブアム」は民の定住を知恵の人の功績に結びつける表現となるのに対し、「ザブディエルの子ヤショブアム」はこれを神の賜与に帰する表現となる。すなわち、この改変は功績の源泉を人間の知恵から神の贈与へと転換させると同時に、個人の卓越性を薄め、勇士を共同体と神学的物語の中に従属的に再配置する働きを持っている。

エルアザルについては、『サムエル記下』23章および『歴代誌上』11:12において、アホア人「ドド(דּוֹד , dōd=叔父/恋人〔男性〕/愛する者)」の子として記されていたが、『歴代誌上』27:4ではアホア人「ドダイ(דּוֹדַי , dōḏay)」が第二月の将軍として登場する。

「エルアザル(אֶלְעָזָר , ʾelʿāzār = 神が助けた)」という名は、「助ける」を意味する語根 ʿ-z-r に基づき、戦いにおける神の救いと勝利を想起させる名であり、勇士個人が神から特別な助力を得たことを印象付ける。

これに対し、דּוֹד(dōd)、דּוֹדַי(dōḏay)の語根 ד־ו־ד(d-w-d)は、「叔父」(レビ 25:49 דֹּדוֹ , dōdô ; エレ 32:8 דֹּדְךָ , dōḏḵā)、「恋人(男性)」(雅 1:14 דּוֹדִי , dōdî)といった語として現れ、いずれも語根を保ったまま人称接辞や名詞句と結びついて用いられる。この語用は、דּוֹדַי(dōḏay)が他者との関係の中に意味が成立する語であることを示している。またこの語根は旧約において神との関係語としては用いられず、人間同士の親族的・情愛的関係に限定される語根である。

この点を踏まえると、エルアザルが27章では「ドダイ」という関係性語彙に属する名で提示されていることは、神の助けと個人の武勲とを切り離し、勇士を共同体的な枠組みへ吸収する再配置であると理解できる。

このように、『歴代誌上』27章における「ザブディエルの子ヤショブアム」と「アホア人ドダイ」は、語彙的には異なる方向を向きながらも、勇士個人の卓越性をそのまま保持することを避け、功績の帰属点を再配置するという一点において共通した編集的処理を受けている。前者では、定住が神の賜与として回収され、後者では、神的助力の語彙が退けられ、人間的関係性の中へと溶かし込まれる。いずれの場合も、個人の記憶を共同体や神の物語へと吸収させることで、王権の語りの中に勇士を従属させるという戦略が採られている。この操作は、第5月将軍シャムフトにおいて、さらに異なる語形戦略として展開されていく。

7.2 「イズラ人シャムフト」 語形改変と記憶の抽象化

『歴代誌上』27:8に登場するイズラ人「シャムフト(שַׁמְהוּת , šamhûṯ)」は、6.1節で見たハロリ人「シャモト(שַׁמּוֹת , šammôṯ)」の例と並び、アゲの子シャンマの記憶がどのように再編されたかを示す手がかりとなる。『サムエル記下』23章に散在していた三名のシャンマ(ハラリ人アゲの子シャンマ、ハロド人シャンマ、もう一人のハラリ人シャンマ)は、『歴代誌上』11章では複数形語形「シャモト(שַׁמּוֹת)」と、合成的な出自「ハロリ(חֲרֹרִי)」のもとに集約されていた。『歴代誌上』27:8に第五月の将軍として登場する「イズラ人シャムフト」もまた、変形によって生じた名であると考えられる。同章は、イシュバアルを「ザブディエルの子ヤショブアム」に、エルアザルを「アホア人ドダイ」に変形した上で、当番将軍の首位と次位に据えている。三勇士であった二人が、別人であるかのような名と出自を与えられつつ、制度の中枢に再配置されているのである。この文脈において「イズラ人シャムフト」もまた、アゲの子シャンマを標的とした改変と理解するのが整合的であろう。

この「イズラ人」という出自は、七十人訳・ウルガタ訳・ペシタのいずれにおいても揺れなく保持されている。これは、「ハラリ人」「ハロド人」「ハロリ人」からの偶発的な変形では説明し難く、各古訳の訳者が参照したヘブライ語写本においてすでにこの形が確立していたことを示している。すなわち、出自の改変は『歴代誌』編纂段階において行われ、その形が安定的に伝承されたと考えられる。

一方、名前部分については異なる様相を示す。マソラ本文は שַׁמְהוּת(šamhûṯ)を伝えるが、この語尾 -ו־ת(-w-t)は、母音記号なき段階では -ōṯ(複数形)と -ûṯ(抽象名詞)の双方に開かれた曖昧な表記である。ペシタ訳は東西両系統において ܫܡܗܘܬ(šemhūṯ)を一致して伝え、マソラ本文の抽象接尾辞と語幹内部の ה(h)を含む語形と一致する。語尾 -ו־ת(-w-t)が両義的であるのに対し、この ה(h)は母音記号によって解消される類の要素ではない。したがってペシタの証言は、単なる母音選択ではなく、šamhûṯ という語形そのものの保存を示すものと理解される。ペシタがhと接尾辞 -ūṯ をいずれも保持している点は、マソラ本文の表記が、古訳から孤立した語形揺れではないことを示している。

これに対し、七十人訳およびウルガタ訳は、語尾の曖昧性を複数形方向に解消しており、『歴代誌上』11:27の表記に近接する形へと整序する方向に進んでいる。しかし、七十人訳において27:8の人物名は、総じて語尾を -ôṯ形に寄せつつも、一部の写本は11:27とは完全一致しない語形を伝える。この不一致は、翻訳の背後にある底本の段階において、27:8に記された名が שַׁמּוֹת(šammôṯ)そのものではなかった可能性を示唆する2。以上を踏まえれば、27:8の底本における語形は שַׁמְהוּת(šamhûṯ)に近いものであったと考えられる。

11章のシャモトが語根 שׁמם(š-m-m「荒廃・驚愕」)との連続性を比較的保っているのに対し、27章のシャムフトでは、あえて š-m-m という語根の連続を保たず、語幹内部に ה(h)が介在することで、語根構造そのものが曖昧化されているように見える。すなわち、シャムフト(שַׁמְהוּת , šamhûṯ)は、シャンマ(שַׁמָּה , šammāh)とのあいだに微かな音韻的類似を保ちながらも、語形を読みにくく、分類しにくいものとし、名の意味的透明性を下げる働きをしているのである。

この観点から見ると、シャモトとシャムフトは、異なるベクトルを取りつつも、同じ方法論に従っていることが明らかになる。11章の「ハロリ人シャモト」は、三名のシャンマを複数形語形に統合し、さらに「ハラリ/ハロド」に近接しながらいずれにも属さない「ハロリ」という合成的出自を付すことで、名と出自の両方を通じて「複数の記憶を一つの集合へ吸収する」処理を行っていた。他方、27章の「イズラ人シャムフト」は、意味の特定が困難な「イズラ人」という出自を与え、語尾 -ûṯ を伴う抽象形で個体名を概念的な層へと押し広げつつ、ה(h)を挿入し語形撹乱を行うことにより、「個人性を希薄化し、名簿内での識別を困難にする」方向へと編纂している。出自の曖昧化(イズラ)と語形の抽象化(-ûṯ)・撹乱(h)が、同一目的を指向しているのである。語形集合化(シャモト)と抽象化(シャムフト)という違いはあるものの、いずれも「アゲの子シャンマ」を可視的な名簿から退け、その名の響きだけを別の層に沈めるという点で、同一の編集目的に属していると言えよう。両章を重ねると、連想だけを残しつつ個体識別を困難にする方向が一貫していることが確認できる。

7.3 三勇士改変と水の逸話 沈黙した記憶の浮上

『歴代誌上』27章の当番将軍名簿において、三勇士以外の将軍たちに注目すると、概ね11章と同一の名および出自によって保持されている。その差異は、27章における出身部族情報の追加、「ヘレド/ヘルダイ」の語形差と父名バアナの欠落に限られ、両章における人物と出自の呼称には明確な対応関係が認められる。この点は、編者が11章と27章の構造を意識的に整合させていることを示している。

ところが、三勇士に関しては事情が異なる。両章には、ハクモニの子ヤショブアムとザブディエルの子ヤショブアム、アホア人ドドの子エルアザルとアホア人ドダイ、ハロリ人シャモトとイズラ人シャムフトという相違点が存在する。これらの差異は人物同定を完全に断絶させるものではないが、同一基準による単純な対応を困難にする。

さらに、視点を『サムエル記下』23章から『歴代誌上』11章、さらに27章へ至る過程にまで広げると、彼らには、意味変化を伴う名および出自の変形、討伐数の縮減、武功の削除、同名人物群との統合といった複数の層で再設計が施されている。ここで生じているのは、他の勇士と同一基準では測ることのできない構造的変形である。

この質的差異を踏まえるなら、なぜ『歴代誌』編者は三勇士に対してのみ、このような多層的再構成を行ったのかという問いが立ち上がる。三勇士に集中する改変は、名簿全体の整序とは方向を異にしており、この点は、資料差や偶発的揺れによって説明することを困難にする。

その行き着く先に見えてくるのは、三勇士の卓越性を意図的に曖昧化し、個別の記憶を削ぎ落とすという一貫した処理である。名を変え、出自を移し、戦果を減じ、構造的に再編するという「意図的な不完全消去」は、存在を消し去らずに暗示的な形態へと変換する操作であった。これほど徹底した改変が、しかも名簿の中核において重ねられている以上、三勇士をめぐっては、『歴代誌』の編纂方針とそのままでは折り合わない「何か」が伏在していたと見るほかない。編者は、その「何か」を叙述の前面に据えない形で処理する必要に直面していた。

『サムエル記下』23章において、三勇士が命を賭して汲み出した水は、王によって地に注がれるが、その行為に対する応答や説明は与えられないまま、彼らは叙述の前面から退けられている。しかし、その記憶が完全に断ち切られたわけではない。水が汲まれた場所を指していた語彙項 בּוֹר(bōr)は、ベナヤの武功を描写する箇所に再出現し、その流れの中で彼の抜擢が強調される。「二人のアリエル」と「獅子」の接続は、1.4節で確認したとおり、「三」の構造を形成する。また、20章の重臣名簿におけるベナヤ周辺の配置も含め、彼の名の周囲には、水の逸話と響き合う語や配置が確認される。

これらに加え、決定的なのは、テコアの女が語った「地に流された水」という比喩である(サム下 14:14)。この喩えの背後に込められた含意は、水の逸話を当事者として経験し、その記憶を共有している者にのみ作動する。ダビデがその言葉の背後にヨアブの関与を見抜いたのも、それが、かつて語られずに封じられていた記憶に触れる言葉であったためである。

以上を踏まえるなら、覆い隠された「何か」とは、水の逸話に潜む真相であると結論せざるを得ない。あの出来事は、単純な忠誠譚や美談として処理し得るものではなく、王と勇士、さらには指揮官とのあいだに生じた深刻な裂け目を内包する、不都合な記憶であった。

『歴代誌』編者がこの真相をいかに知り得たのかという点も、完全に不透明ではない。編者が『サムエル記下』に埋め込まれた暗示構造を読み取った可能性に加え、『歴代誌』自身が言及する『ダビデ王の年代記』『預言者ナタンの言葉』『先見者ガドの言葉』といった同時代的資料の存在も想定しうる。これらの文書が、功績の列挙にとどまらず、政治的緊張や軍事的葛藤といった王権史の陰影をも伝えていた可能性を考えるなら、編者が水の逸話に潜む「沈黙の緊張」を読み取り、それを名の再編と痕跡化という方法によって制御しようとしたと理解することは十分に可能である。三勇士の多層的な改変は、このような編集的判断が最も集中的に現れた結果として位置付けることができる。

7.4 テコア人イケシュの子イラ 配置が示すシャンマ改変の集中

前節では、三勇士改変の背後に水の逸話に関わる記憶が伏在している可能性を確認した。本節では、その記憶が名簿構造の内部にどのような形で残されているのか、とりわけシャムフト周辺の配置に注目して検討する。

テコア人イケシュの子イラは、『サムエル記下』23章、『歴代誌上』11章・27章に登場するが、その名・父名・出身はいずれも同じである。その一方で、名簿における配置の変化が、この人物に象徴的な意味を与えている。

『サムエル記下』23章および『歴代誌上』11章では、イラはヘレツ(パルティ人/ペロニ人)の直後、アナトト人アビエゼルの直前に配置されていた。(サム下 23:26 ; 代上 11:28)。一方で、『歴代誌上』27章の当番将軍名簿では、ヘレツとの位置関係は逆転し、イラはシャンマの改変形であるシャムフトの直後に現れる(代上 27:9)。

イラの父名イケシュに備わった語義を踏まえて読むとき、この配置は暗示的に作用し始める。イケシュ(עִקֵּשׁ, ʿiqqēš)は「曲がる・ねじれる」を意味する語根 ע־ק־ש(ʿ-q-š) に属し、旧約では「ねじれた心」「屈折した道」「まっすぐ受け取れない状態」を指す比喩語として用いられる(申 32:5、詩 18:27、箴 2:15など)3。この点を踏まえれば、名の歪曲が頂点に達するシャムフトの直後に「イケシュ」の子が置かれているという事実は、この人物が、名の歪みへと注意を向けさせる標識として配置されている可能性を浮上させる。名に操作を加えずとも、配置によって暗示が成立してしまう構成になっているのである。

『サムエル記下』においてテコアが言及されるのは、14:2と23:26の二箇所のみである。前者では、ヨアブがテコアから一人の女を呼び寄せ、王の前で「流された水」の喩えを語らせる。後者は勇士名簿におけるイラの出自表示である。したがって「テコア人」は、14章の場面を想起させる標識として作用しうる。すでに論じた通り、「流された水」の喩えは、水の逸話の真相と結びつけて理解できる。「テコア人」とされるイラが、改変されたシャンマ——シャムフト——の直後に配置されることによって、水の逸話と三勇士シャンマとの関係が名簿構造の内部で再接近する。歪曲を含意する父名とテコアという出自表示とが、絶たれていた連関を再び結び直す方向へ作用する構図が浮かび上がる。

もっとも、シャムフトが第五月、イラが第六月を実際に担当していた可能性は否定できない。しかし、語義、名の改変、出自、配置構造がここまで重層的に呼応している以上、この並置を単なる偶然として扱うには、なお留保が必要である。

テコア人イケシュの子イラは、名を変えられることなく、隣接配置によって意味を帯びる存在である。その配置は、『サムエル記下』に内在していた連関を、名簿構造の中であらためて浮上させる。

著者の観察する限り、『歴代誌上』において、テコア人イケシュの子イラ、さらにホタムの子シャマといった標識的配置は、いずれもシャンマの改変に対応するかたちで現れている。一方、ヤショブアムおよびエルアザルの改名・父名変形の周囲には、同種のマーカーは確認されない。

さらに三勇士の改変のあり方自体にも非対称性が認められる。ハクモニの子イシュバアルからザブディエルの子ヤショブアム、ドドの子エルアザルからドダイへの改名は、父名および人物名がそれぞれ一段階変形しており、一方向の改変として理解することができる。これに対してシャンマの場合には事情が異なる。『歴代誌上』11章において彼は三勇士として提示されず、名はシャモトへと集約され、さらに27章ではシャムフトへと転じる。すなわち、この人物に関してのみ、改変は二つの方向へと分岐している点に特徴がある。加えて『歴代誌上』11章には、ホタムの子シャマという近似語形が別位置に置かれ、27章ではテコア人イラがシャムフトの直後に並置される。こうして、名の改変と配置的マーカーが重ねられ、シャンマをめぐる記憶は特異な密度で処理されている。

この偏りが示しているのは、三勇士に対する改変が三名に均等に施されたのではないということである。むしろその中心には、とりわけアゲの子シャンマが据えられているように見える。もっとも、同様の編集集中はエリアム周辺にも認められるが、三勇士伝承の内部においてこれほど集中的な改変が施されているのは、アゲの子シャンマのみである。

痕跡を残しつつ改変が幾重にも重ねられることによって、かえってこの人物は『サムエル記下』既読者の目につき易くなっている。

エリアムの家系周辺に見られる操作にも同じことが言える。彼の親族には、王の罪との関わりや反乱など、不穏な要素が集中している。ダビデ王朝の理想化を特徴とする『歴代誌上』の編纂傾向を踏まえれば、エリアムに関わる多層的な編集は、ある意味必然と言えるかもしれない。

エリアムとアゲの子シャンマは、いずれも改変の集中によって『歴代誌上』の中で、他の人物群とは異質な存在へと変貌している。この点は、エリアムと同様に、シャンマにも何らかの不都合な真実が隠されているのではないかとの疑念を生じさせうる。

しかし、この偏りがいかなる事情に由来するのかについて、本稿はなお確定的な説明に到達していない。少なくとも現時点では、この現象を指摘し、その構造的特徴を明確にするところまでが可能な範囲である。

7.5 当番将軍制度——理想化と治世初期の記憶

『歴代誌上』27章に記録される当番将軍名簿は、『サムエル記下』に並行記述を持たない。そのため、交差参照による分析の余地は限定的であり、制度の成立時期を特定することには困難が伴う。だが、手がかりは名簿内部にこそ残されている。ここでは、名簿に記載された人物構成に注目したい。

第三月の将軍アサエルは、イスラエル統一以前に戦死した人物である。その名がここに置かれているという事実は、この制度が少なくともその時期に遡る記憶と無関係ではないことを示唆する。また、第一月・第二月の将軍として挙げられる「ザブディエルの子ヤショブアム」「アホア人ドダイ」、さらに第五月の「イズラ人シャムフト」は、既に見たように『サムエル記下』23章の三勇士に対応する改変とみられる。三勇士の名は、ここではそのままではなく、しかし完全に失われることもなく、痕跡的なかたちで名簿中に組み込まれている。

もしこの制度が治世後期に新設されたものであるならば、その時点で王と三勇士の関係はすでに変質していた可能性が高く、彼らが将軍として任命される蓋然性は低い。他方、最後まで関係が維持されていたとするならば、名を改める必要は生じない。

この点に関して、『歴代誌上』はすでに11章において勇士たちを「ダビデの統治に協力し、…王となるように尽力した」者として位置づけ(11:10)、また27章の制度描写においても彼らを「王に仕えて」務めを果たす者として描いている(27:1)。ここでは、王に仕える者たちの忠実さが叙述の前提として強く要請されている。

ゆえに、三勇士の変名登載は、彼らが当番将軍として制度に関与していた記憶を保持しつつ、王に仕える忠実な奉仕者としての像を損なわないための処置として理解される。すなわち、記憶そのものを消去するのではなく、その表出のあり方を調整することによって、両者のあいだの緊張が制御されているのである。

『歴代誌上』11章は水の逸話を通して『サムエル記下』の勇士伝承と接続されており、そこに置かれた出来事は、王と三勇士のあいだに生じうる緊張を、完全には消し去らずに残している。このとき、同一人物が27章の制度層にもそのまま現れるならば、その緊張は、並行記事の枠を越えて他の叙述層に波及する可能性がある。語形の変形や出自の再編といった変名の操作は、このような解釈の連続を緩やかに制御し、記憶の連続性を保ちながら、その意味の広がりを調整する機能を担っているとみられる。

ただし、この制御は完全なものではない。『歴代誌上』はヘブロン期を前景化しない編集を通じて、王と側近のあいだに生じうる緊張を全体としては抑制しているが、11章において水の逸話を保持している以上、その関係の揺らぎを読み取りうる余地はなお残されている。すなわち、理想化された王朝像を提示する叙述の内部には、潜在的な亀裂が完全には除去されないまま織り込まれている。

このような不完全なかたちでの処理は、既存の聖典との整合性という制約と無関係ではない。『歴代誌上』は理想的な王朝像を提示しようとするが、先行伝承との齟齬が一定の範囲を超える場合、その叙述の権威が損なわれる危険を伴う。そのため、『サムエル記下』が抱えていた緊張は完全に排除されるのではなく、形を変えつつ受け継がれることになったと考えられる。

名称や配置の操作による緊張の希薄化は、この制約のもとで採られた編集的方策とみなせる。それは露骨な記憶の改変を避けつつ、理想化の方向性を維持するための調整であり、とりわけ扱いの難しい領域においては、明示的な叙述を避け、暗示的な構造を重ねることで処理されている可能性がある。

以上を踏まえると、『歴代誌上』27章の当番将軍名簿は、治世初期に由来する記憶を一定程度保持しつつ、それを理想化された王国像の中に再配置したものと理解される。そこに見られる変名の操作は、先行する聖典に配慮しつつ、叙述間に一定の距離を保つための編集的手段として機能しているのである。

7.6 交差参照によって再作動する沈黙の構造

本節では、これまで見てきた編集上の操作を、交差参照による読解の中で捉え直す。『歴代誌上』の勇士名簿に施された改変は、『サムエル記下』にすでに内在していた沈黙や不穏さを、両書の交差の中で再作動させうる。『サムエル記下』においてなお保留されていた複数の解釈余地は、名の分割や配置の差異が重ね合わされるとき、そのまま並存し続けることが次第に困難となる。

この回路が最も集中的に作動するのが、エリアムをめぐる領域である。5.3節で見たように、『サムエル記下』23章の名簿は、父子関係に関わる沈黙の核心を、交差合成的な名の配置と暗示的な付加情報(出自・父名)によって縁取っていた。そこに『歴代誌上』11章は、当該位置での置換(ヘフェル/アヒヤ)と、匿名化マーカー(ペロニ)という追加の操作を重ねる。この結果、『サムエル記下』側においてなお不穏なまま保持されていた状態が、比較の中で一挙に輪郭を帯び、疑念は単なる印象の域を超えて、より確度の高い推論へと接近する。『歴代誌上』が単独で何かを語るのではなく、差異の配置そのものが、『サムエル記下』側の沈黙を再点火してしまうのである。

同様の転位は、三勇士をめぐる操作においても確認される。『サムエル記下』における水の逸話は、その行為主体を明示せず、勇士名簿との関係も語られないため、解釈の余地を大きく残している。水を汲みに行ったのが三勇士であったという理解は自然ではあるが、本文から必然的に導かれるわけではない。しかし『歴代誌上』において、三勇士の名が徹底的な変形を受け、その具体的個別性が失われていく過程を『サムエル記下』と交差させるとき、読解の状況は変化する。名を失った三勇士は、水の逸話という匿名的行為の担い手として再定位され、行為のみが物語上に残され肯定も否定もされない異様さは再照射される。ここでも『歴代誌上』は、水の逸話の「真相」を直接語ることはない。しかし名の操作を比較の中で読むならば、水を持ち帰った主体をめぐる解釈は、偶然や伝承差として処理し続けることが難しくなり、読解は次第に一つの方向へと収束していく。エリアム周辺で生じていたのと同様に、ここでも『歴代誌』の編集は、新たな情報を提示するのではなく、既存の沈黙を再編成することで、理解の重心を移動させている。

ウリヤの扱いもまた、同じ回路を別の仕方で示している。5.4節で確認した通り、『歴代誌上』11章はウリヤの名自体を改変せず、末尾性と人数表記の効果を、追加列挙によって希薄化する。しかし比較が成立するとき、この希薄化は逆に、『サムエル記下』23章末尾に刻まれた沈黙の重さを際立たさせる。ここでも『歴代誌上』は暗示を前面化せずとも、差異の存在そのものが、『サムエル記下』側の構造を照らし返している4

こうしてみると、『サムエル記下』と『歴代誌上』は、一見すると相反する方針に沿って書かれているようでありながら、暗示的構造の次元においては深く響き合っていることがわかる。『サムエル記下』は、事件や判断を語りつつ、その意味を最終的には確定させず、沈黙や語りの継ぎ目として緊張を残す。他方、『歴代誌上』は、理想化された王朝像を前面に押し出しながらも、名の操作や配置の差異を通して、その理想が完全には閉じきらない余地を内部に留めている。

名が沈められた場所、反転された語形、語られなかった裂け目、そして残された余白。それらは、どちらの書においても、直接的な告発や説明として提示されることはない。しかし、それゆえにこそ、後代の読者に向けて静かに開かれた窓として機能しうる。叙述の内部に残された不確定性と、記録の周囲に保持された差異とが重ね合わされるとき、王と側近の緊張、連帯、そして断絶の深さが、記録の層を越えて立ち上がってくる。物語の沈黙は忘却ではなく、むしろ語りの別形態として保存されている。『サムエル記下』と『歴代誌上』は、その沈黙を異なる仕方で抱え込みながら、ダビデ王朝の実像を一義的に固定することを拒んでいる。そこから響く微かな共鳴が、長い時間を経て再び読まれるとき、王の姿は理想像でも否定像でもない、より複雑で緊張に満ちた像として描き直されていくのである。



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  1. 三例目としてアゲの揺れを挙げることも可能だが、代上11章ではシャンマ自身が消失しており、複数の伝承が、それぞれ異型でアゲの名をヨナタンへ転用するなど、重層的な表記揺れが確認されるため、ここでは詳細を扱わない。
  2. Codex Vaticanus は、11:27ではΣΑΜΑΩΘ、27:8ではΣΑΛΑΩΘと異なる語形を伝え、両者は語尾-ΩΘを共有しつつも子音配列に差異を示す。
  3. なお、イラ(עִירָא)の語源について、語根 ע־י־ר(都市)との音韻近接のほか、語根 ע־ו־ר(「目覚める」「起き上がる」)との関連を想定する立場もある。これらの可能性に立つなら、この名が都市テコアへの注目と既読記憶の喚起に関与しているとも読まれうるが、本稿では詳述しない。
  4. ウリヤの終端配置に対して補助的に働きうる構造として、『歴代誌上』27:34におけるヨアブの終端配置も指摘しうる。勇士名簿が王の罪を象徴する人物によって閉じられるのに対し、当番将軍名簿の終端もまた、その罪に関与する人物によって閉じられているという対照が見出される。ただし本稿では、この対応関係を補助的観察にとどめる。

第6章 失われた三勇士 シャンマとその名を覆う者たち(ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか その7)

本記事は、Zenodo で公開している論文『ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか——『サムエル記下』と『歴代誌上』を読み直す』(著者:戸澤篤)の一部を、章ごとに分割して転載したものです。本記事は「第6章」にあたります。

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第6章 失われた三勇士 シャンマとその名を覆う者たち

三勇士の一人として名高い「アゲの子シャンマ」(サム下 23:11–12)の名が、『歴代誌上』11章には見当たらない。この不在には、『歴代誌』編者による記憶操作である可能性を検討する余地がある。本章では、『歴代誌上』11章から消えたアゲの子シャンマの影を追って分析を進め、この欠落が意図的なものである可能性を考察すると共に、用いられた記憶操作の手法を明らかにする。

6.1 集合化されたシャンマ 「ハロリ人シャモト」の生成構造

『サムエル記下』23章には、三名のシャンマが登場する。すなわち、ハラリ人アゲの子シャンマ(11節)、ハロド人シャンマ(25節)、そしてもう一人のハラリ人シャンマ(33節)である。三名はいずれも同名を共有し、出自表現も互いに近接している。実際、三人のシャンマはいずれも har 系列の出自語(ハラリ/ハロド)を伴っており、名と出自の双方において互いに強く近接した形で配置されている。

これに並行する『歴代誌上』11章では、名の位置関係上、本来「ハラリ人アゲの子シャンマ」および、もう一人の「ハラリ人シャンマ」に対応する箇所に、いずれも欠落が生じている。その一方で、ハロド人シャンマの位置(代上 11:27)には、ハロリ人「シャモト(שַׁמּוֹת , šammôṯ)」が置かれている。

この名簿配置は、単なる書写上の脱落として処理するには不自然である。むしろここには、複数の「シャンマ」を一つの語形へと収斂させる編集的処理が働いている可能性が示唆される。

ここで注目されるのが、「ハロリ(חֲרֹרִי , ḥărōrî)」という出自表現である。この呼称は、本文伝承上この一例にしか現れず、既存の出自語「ハラリ(הָרָרִי , harārî)」および「ハロド人(חֲרֹדִי , ḥărōḏî)」と部分的に音形を共有しつつ、合成起源を思わせる孤立形となっている。」

「ハラリ」「ハロド」「ハロリ」という語形系列は偶然とは考えにくいほど体系的である。ハラリとハロドは『サムエル記下』の同一名簿内に並存している。したがって、これらの語形からハロリへの段階的変形とは理解しにくい。むしろハロリは、両語形の要素を保持した再構成語形として形成された可能性が高い。

その結果、既存語形との連続性を保ちながらも、特定人物との同定を困難にする曖昧な位置に置かれることになる。

次に、人物名シャモト(שַׁמּוֹת , šammôṯ)の語形を確認する。この語形は、形態上は単数形シャンマ(שַׁמָּה , šammāh)に複数語尾 -ôṯ が付いた形を想起させ、語尾 -āh が複数形語尾 -ôṯ に交替した複数形のように見える構造をもつ1。先に見た名簿配置の変化と併せて考えるならば、この語形は、複数の人物シャンマを一つの名称のもとに集約する働きを担う形として理解することができる。

『サムエル記下』で三名に分散していたシャンマは、『歴代誌上』11章では複数形語形をもつ一つの名前へと集約される形となっている。ハロリ(合成的な出自)+シャモト(集合化を想起させる語形)という組み合わせにより、名と出自の双方が同一の作用、個人性を薄め、記憶を集約化する方向へと置かれている。名と出自くが共に変形され、個体識別を困難にしながらも、シャンマの名が帯びる象徴性だけが薄く残されている。

さらに、この集合化処理が完了した後に、名簿の後半部、すなわちウリヤの後に追加された十六名の中に「ホタムの子シャマ」(代上 11:44)が配置されている点も看過できない。この位置は、『サムエル記下』23章において三名のシャンマが各々置かれていた箇所から明確に隔たっており、位置的に対応する名として説明することはできない。むしろ、先行する集合化操作が確定した後にのみ配置されうる位置取りである。

父名「ホタム(חוֹתָם , ḥōtām)」が「封印」「刻印」を意味する語根を持つことを踏まえるなら、「ホタムの子シャマ」は、失われたシャンマたちの代理ではなく、その不在を示す機能を担っていると理解できる。ペロニのように操作の存在そのものを指示するラベルとは異なり、ホタムの子は、むしろ処理工程の終点に置かれた確定印のような機能を担っているように見える。

さらに重要なのは、この人物名が「シャンマ(שַׁמָּה , šammāh)」ではなく、「シャマ(שָׁמַע , šāmaʿ)」である点である。両者は語根も意味も異なる別語であり、前者は「荒廃」「廃墟」を意味する語根 שׁ־מ־ם(š-m-m)に関わる語であるのに対し、後者は「聞く」を意味する語根 שׁ־מ־ע(š-mʿ)に属する。語根は一子音のみ異なるため、語義上は別語でありながら、音形上は近接している。

シャンマの名を直接用いれば、それは再登場となり、集合化処理の意味が損なわれる。しかしシャマであれば、語根上は別人として成立しつつ、失われた名を想起させる位置に置くことができる。「ホタムの子シャマ」は、消えたシャンマの行方を示す標識であるかのように佇んでいる。消された名を、近い音形の名として残すこの処理は、名の残響化と呼ぶべき性格を持っている。

6.2 エルアザル記事の再構成と戦闘主体の整序

前節では、『歴代誌上』11章の名簿において、複数のシャンマが「シャモト」という語形に集約され、さらに「ホタムの子シャマ」という近接音形の名によって不在が示されるという処理を確認した。このような名の操作は、名簿配置の変更だけによって成立しているわけではない。そこには、対応する勇士記事の再構成という叙述上の操作が前提として存在している。本節では、この点を確認するため、まず対応する記事が置かれている『サムエル記下』23章の叙述を確認し、そのうえで『歴代誌上』11章がこれらの記事をどのように再構成しているかを検討する。

『サムエル記下』23:9–10におけるエルアザルの記事は、勇士の武功を語る物語であると同時に、叙述構造の上ではいくつかの緊張を含んでいる。記事の導入部には、フィリスティア人に対する侮辱・嘲弄を意味する表現 בְּחָרְפָם בַּפְּלִשְׁתִּים が置かれ、その直後に אַנְשֵׁי יִשְׂרָאֵל が退いたと語られる。語形は「イスラエルの男たち」を意味し、戦闘文脈では軍勢を指す表現として理解されるのが自然である。もしこの理解を採るならば、叙述は「敵を挑発した側の軍が戦闘開始後に退却した」という構図を形成することになる。続く叙述では、エルアザルがただ独り立ち続け、手が剣に張り付くまで敵を討ったと語られる。さらに記事の結末では、戻ってきた者たちが略奪を行ったことが述べられる。挑発、退却、略奪という要素がこの短い記事の中に連続して現れるのである。この配置によって、勇士の武功は強く前景化される一方、同じ場面にいたはずのダビデの行動は語られない。叙述は結果として、勇士の突出と指導者の沈黙という構図を生み出している。

これに続くシャンマの記事(23:11–12)は、表面上はよく似た配置をとりながら、その意味合いは大きく異なる。そこではフィリスティア人がレヒに集結した際、「民」が彼らの前から逃走したと語られる。ここで描かれているのは軍勢の撤退ではなく、戦闘に巻き込まれた人々の避難である。したがって、この逃走は軍の退却のような不名誉を含意するものではない。その後シャンマはレンズ豆畑の中にとどまり、これを守って敵を討ったと語られる。周囲の逃走と勇士の戦闘という配置はエルアザルの記事と形の上では似ているが、その性格は異なっている。

『歴代誌上』11:13–14に記されるエルアザルの武勲は、『サムエル記下』が伝える内容と大きく異なる。本文には「וַיִּתְיַצְּבוּ」(彼らは立ち向かった)、「וַיַּצִּילוּהָ」(彼らはそれ〔畑〕を守った)、「וַיַּכּוּ」(彼らは撃った)と三つの動詞が連続する。いずれも三人称男性複数形であり、叙述の主体が単数ではなく「彼ら」であることを示している2。したがって、この戦闘はエルアザル一人の武功としてではなく、複数人による共同戦闘として描かれている。

これによって、勇士の単独戦闘という印象は弱められる。また逃走する主体も軍勢ではなく「民」として語られるため、軍の撤退という不名誉は前面に出なくなる。さらに戦闘の舞台はパス・ダミムの大麦畑とされ、『サムエル記下』のシャンマ記事とは異なる設定が与えられている。

しかし叙述構造の水準では、ここで描かれている戦闘はむしろシャンマの記事に近い。ここでもまた民が逃走し、勇士が畑の中にとどまって戦うという配置が見られるからである。この『歴代誌上』の記述は、シャンマ記事に特徴的な叙述構図を保持していながら、エルアザルを含む複数人の武勲として語られる。

ここから推察されるのは、二つの勇士記事を再編して一つの戦闘叙述に統合する操作である。すなわち『サムエル記下』ではエルアザルとシャンマにそれぞれ与えられていた戦闘記事が、『歴代誌上』では一つの叙述へと再構成され、その過程でシャンマの名のみが退けられている。あるいは、シャンマは「彼ら」の中に溶かし込まれているとも読める。

この再構成は二つの効果を同時にもたらす。第一に、『サムエル記下』のエルアザル記事に見られた侮辱・指導者と軍の退却・勇士孤立・略奪という不都合な要素が緩和される。第二に、シャンマの記事の構造は保持されながら、その人物は叙述の表面から消える。結果として、『歴代誌上』の物語では勇士の突出は抑えられ、ダビデは勇士の背後に沈黙する人物ではなく、彼らと共に戦場に立つ指導者として読み得る配置が形成されている。叙述の再構成は、ダビデ軍の退却を含む戦闘記憶そのものの修正としても機能していると考えられる。

この編集は、三人のシャンマをハロリ人シャモトに集約する操作と並行して行われている。これにより、アゲの子シャンマは、個人としての識別が困難な存在へと変貌している。

しかし彼は、さらに姿を変えて再び現れる。彼ら三勇士の名は、27章の当番将軍名簿において、さらなる改変を受けることになる。



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  1. 語形 שַׁמּוֹת (šammôṯ) は、「名たち」を意味する שֵׁמוֹת (šēmôṯ) と音形が近い。後者は語根 שם(「名」)に属する複数形であり、名簿文脈において頻出する語である(例:出1:1、民1:2 など)。ただし両語は語根を異にする。本稿ではこの音形近接を論証の根拠とはしないが、名簿文脈において連想を生じうる点には留意しておきたい。
  2. 一部の現代訳では、代上11:14の主語を文脈的解釈から単数形で表す。新改訳第三版、新世界訳、口語訳は「彼」と訳し、新共同訳・聖書協会共同訳は「二人」、新改訳2017は「彼ら」と訳す。原文はいずれも複数形動詞である。

第5章 記憶の取捨と再配置 『歴代誌』との対照(ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか その6)

本記事は、Zenodo で公開している論文『ダビデと側近たちのあいだに何が起きたのか——『サムエル記下』と『歴代誌上』を読み直す』(著者:戸澤篤)の一部を、章ごとに分割して転載したものです。本記事は「第5章」にあたります。

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第5章 記憶の取捨と再配置 『歴代誌』との対照

『サムエル記下』と『歴代誌上』は、同一の素材を共有しながら、出来事の接続と配置において顕著な差異を示している。人物や出来事の扱いには削除や付加も見られるが、それ以上に目立つのは、置かれる位置と枠組みの調整である。叙述の順序と接続関係が変わることによって、読者が受け取る記憶の重心もまた移動する。本章では、とりわけ勇士記事を中心に、両書の対応箇所を比較しながら、『歴代誌上』11章に見られる再配置の傾向を検討する。時間の配列、数値の扱い、名の処理、構文の枠組みといった複数の水準において、どのように記憶が組み替えられているのかを確認することで、『サムエル記下』に内在していた構造の輪郭を、対照の中で浮かび上がらせたい。

5.1 時間構造の再編と王権記憶の再配置

『歴代誌上』11章は、サウルの死(10章)の直後にダビデの即位とエルサレム攻略を置き(11:1–9)、勇士名簿をその直後に接続する。同章は、『サムエル記下』5章前半と23章後半を接続したような構造になっている。この構成において、王権の成立は、分裂と対立の過程を経た到達点としてではなく、全イスラエルの一致と神的承認のもとに確立された秩序として提示される。11:10に置かれた次の一文は、その枠組みを明示している。

「ダビデの勇士の頭は次のとおりである。彼らはダビデの統治に協力し、イスラエルのすべての人々と共に、主がイスラエルに告げられたとおり、ダビデが王となるように尽力した。」

ここでは、名を挙げられる勇士たちは、あらかじめ神意に沿って王権を支えた協力者として位置づけられている。『サムエル記下』23章が「最後の言葉」という回顧的枠組みと共に勇士名簿を置くのとは対照的である。『歴代誌上』は、勇士を王権確立の直後に配置することにより、彼らを理想化された物語の内部に組み込む。

ヨアブの扱いも同様である。『歴代誌上』11:6では、エルサレム攻略の場面で彼が軍の長となったと明示される。『サムエル記下』ではヨアブの軍事的活動はより早期から確認されるが、『歴代誌上』はその地位を王都奪取という象徴的瞬間と結び付ける。この配置によって、軍事指導権は王権確立と不可分のものとして提示される。

さらに、『サムエル記下』5章はダビデの統治期間を記すが、『歴代誌上』11章ではこれが提示されず、3:4および29:27において示される。そこでは、ヘブロンで七年と六か月(29:27では「七年」)、エルサレムで三十三年王位にあったことが明示されている。したがって、ヘブロン期そのものが否定されているわけではない。

しかし、この記述が11章に置かれていたならば、問題は別様に見えてくる。サウルの死の直後に全イスラエルが集い、ダビデが即位し、エルサレムを攻略したという叙述と、ヘブロンでの統治とは、時間的緊張を生じさせる。ヘブロンでの統治期間がサウル存命期に重なり、物語の接続上、説明されない空白期間として浮上するからである。

離れた位置に置かれることによって、この緊張は前景化しない。ヘブロン統治は抹消されないが、王権成立叙述の直近には置かれない。こうして編者は、過去を否定することなく、その可視性を調整している。

イシュ・ボシェトの統治やヘブロン期の分裂は、『歴代誌上』には叙述されない。統治期間の数値は系譜記事への挿入と叙述終端への配置によって処理される。ここでは、過去の素材が全面的に削除されるというよりも、叙述の中心から周縁へと押しやられることによって、物語の重心が調整されている。

こうした時間構造の再編直後に勇士名簿が接続されることは示唆的である。この配置のもとでは、個々の武勲がいかなる時期に属するのかを、叙述内部から結びつけることは困難となる。その結果、出来事に内在する緊張の一部は、叙述の表層には表れない。

葛藤を経た晩年の回顧という枠組みは退き、勇士は確立された王権を支える協力者として提示される。時間の配置が変わることによって、王と側近との関係の読まれ方もまた変化する。

次節以降で扱う勇士名簿内部の数値調整、名の分割や反転、構文的枠組みの組み替えも、この時間配置の変更と同質の操作として理解することができる。

5.2 筆頭勇士の再構成 武勲の縮減と卓越性の相対化

本稿は便宜上、『サムエル記下』23:8に記される筆頭勇士を「イシュバアル」と呼称する。この呼称は、ヘブライ語本文が伝える表記を修正した復元的な訳語であり、複数の現代訳が採用しているものである。マソラ本文はこの名を יֹשֵׁב בַּשֶּׁבֶת(yōšēḇ aššeḇeṯ)と記すが יֹשֵׁ֨ב(yōšēḇ)は「座す」を意味する動詞の分詞であるため、固有名としては不自然である。また、他の伝承系統にも異なる語形が確認され、同一人物でありながら複数の形態で受容されている。

『歴代誌上』11:11は、この筆頭勇士を「ハクモニの子ヤショブアム」とし、その討伐数を「三百人」と伝える。これは『サムエル記下』23章に見えるイシュバアルの「八百人」から大幅に縮減された数値であり、アビシャイの戦果(サム下 23:18;代上 11:20)と同数である。

『サムエル記下』23:18-19は、アビシャイに対して、特異な評価構造を与えている。彼はケティブ(原文に書かれている形)では「第三の長」と読める綴りで記されるが、ケレ(読むべきとされる音形)において רֹאשׁ הַשְּׁלֹשָׁה であったと記される。この語構造を分解すると、「רֹאשׁ = 頭・長・首位の者」「定冠詞 הַ + 数詞『三』שְׁלֹשָׁה(語頭重子音化)」となるが、文脈上、「三勇士の頭」とも読まれうる。『歴代誌上』12:20もアビシャイを הַשְּׁלוֹשָׁה(その三の頭)と記す。

さらに、アビシャイは次のように記される。

מִן־הַשְּׁלֹשָׁה הֲכִי נִכְבָּד וַיְהִי לָהֶם לְשָׂר וְעַד־הַשְּׁלֹשָׁה לֹא־בָֽא׃

「その三(人)の中から最も重んじられた。そして彼は彼らにとって長となった。しかしその三(人)には及ばなかった。」(直訳)

ここでは、「最も重んじられた」と記される一方で、「及ばなかった」とも述べられ、アビシャイには、相反する二つの評価が併置されている。これは、軍における立場と個人的武勇という、二つの基準による評価とも解釈しうる。その一方でアビシャイには、越権的で軽率な言動や、王からの非好意的な態度など、否定的な側面が際立つ描写も見られ、評価軸によって位置付けが大きく揺れ動く人物であったこととも符合する。

このように評価が一義的に定まらない人物像は、『サムエル記下』に固有のものではない。『歴代誌上』11:20も、アビシャイを「三の頭」と記す一方、「その三人には及ばなかった」と明記し、同じ評価構造を保持している。

そのうえで『歴代誌』編者は、筆頭勇士ヤショブアムの討伐数を三百へと減じた。この操作の効果は小さくない。ヤショブアムの数値がアビシャイと揃えられたことで、両者の相対的な距離は縮まり、読者の受け取る印象において、アビシャイが筆頭勇士であると認識される余地は拡大する。11章では、アゲの子シャンマが三勇士として提示されていない点も、この効果を補強している。討伐数の同数化がもたらす効果は、アビシャイへの二重評価と響き合い、筆頭勇士の突出を抑制する方向へと働いている。

続く『歴代誌上』12章では、ガド族の戦士たちについて、「弱い者でも百人、強い者は千人に当たる」と誇張的に描写されている(代上 12:14)。ヤショブアムの戦果を三百とした後、次章にこの戦士たちが置かれることにより、個人の武勲よりも共同体全体の力が強調される構成が浮かび上がる。

さらに、『歴代誌上』11章、12章には「三十人」という呼称が複数回現れる。11:42はシザの子アディナについて「彼はルベン族の頭で三十人を伴っていた」と記すが、これに対応する人物は『サムエル記下』23章に見当たらない。12:4では「三十人の中の勇士」としてイシュマヤが記され、12:19では「三十人隊の頭アマサイ」が登場するが、両名は11章の名簿にもない人物である。ここでは各集団の具体的構成が示されないまま、「三十」という呼称のみが反復される。これらの集団が11:15の「三十人」と同一であるかは明示されておらず、むしろ状況や人員を異にする別集団を指しているとも読める。

加えて、『歴代誌上』27:6では、ベナヤが「三十人」を率いたとされている。これらの点を踏まえ、「三十人」という呼称自体が必ずしも一定の成員を表すのではなく、精鋭部隊を指す柔軟な呼び名として機能していたとする解釈も指摘されてきた。いずれにしても、11章の勇士名簿に収まらない成員を含む「三十人」が出現した結果、呼称の安定性は揺らぎ、勇士集団の同定は一層困難になる。

このように、『歴代誌上』11–12章は、筆頭勇士の名をヤショブアムに改め、その討伐数を削減してアビシャイと並列化し、さらに共同体的武勇を称揚する記述と可変的な「三十人」の呼称を重ねて提示している。これらの記述は、筆頭勇士の卓越性を減衰させ、勇士集団の輪郭を不明瞭にすると共に、勇士個人よりもイスラエル共同体全体を前面に押し出す方向に働いている。

『歴代誌上』において、筆頭勇士の卓越性は、さらに希薄化される。11章、12章での討伐数削減や、彼を超える戦士群の併置を「第一段階」とすれば、27章における「ザブディエルの子ヤショブアム」という出自表示の変更は、その延長線上にある「第二段階」の操作として理解できる。この「第二段階」については第7章で扱うが、『歴代誌上』11章には、複層的な編集の痕跡が他にも見られる。とりわけ、次節で扱うエリアムに対しては、幾重にも重ねられた操作の形跡が見受けられる。

5.3 沈黙を縁取る名 交差合成と分割・逆順・匿名化

『サムエル記下』23章と『歴代誌上』11章の勇士名簿を、名の配置順に照らして比較すると、両書のあいだには一定の対応関係が認められる。ウリヤの後に追加された十六名や、一部勇士の欠落、名と出自の不完全一致といった差異は散見されるものの、勇士たちの基本的な序列そのものが入れ替わることはない(付録A参照)。この対応関係を前提とするなら、『サムエル記下』23:34の「ギロ人アヒトフェルの子エリアム」と位置的に対応する『歴代誌上』11:36には、本来なら同一人物が来るべきである。

しかし実際には、その位置にエリアムの名はなく、メケラティ人「ヘフェル(חֵפֶר)」とペロニ人「アヒヤ(אֲחִיָּה)」という二名が並置されている。名簿全体の対応関係が維持されている中で、この一点のみが二名に分割されていることは、名簿全体の構成から見て例外的である。

さらに、『歴代誌上』は系譜記事において、エリアムを「アミエル(עַמִּיאֵל)」という別形で記している(代上 3:5)。エリアム(אֱלִיעָם)とアミエル(עַמִּיאֵל)は、「神」(אל)と「民」(עם)という同一要素を逆順に配した関係にある。すなわちエリアムは、勇士名簿からは姿を消しつつ、系譜の中では名を反転させた形でのみ保持されていることになる。この不在と置換は、他の人物群の配置構造と連動している。この点について、まずは『サムエル記下』23章の名簿構成に立ち戻って検討する。

『サムエル記下』は、父アヒトフェルの反逆を明確に語りながら、その息子エリアムについては、いかなる評価も反応も付さない。バト・シェバ事件、ウリヤ殺害、父の反逆という重大事が重なり合うにもかかわらず、エリアム自身の言動や態度は一切記されず、彼はただ「三十人」の一人として名簿に沈黙したまま置かれている。この沈黙の集中は、それ自体が異様であり、読者に強い違和感を残す。

この沈黙の只中に置かれているのが、『サムエル記下』23:33–34における名の並びである。「ギロ人アヒトフェルの子エリアム」の直前には、アヒアム(אֲחִיאָם)とエリフェレト(אֱלִיפֶלֶט)が置かれている。この配置は、父アヒトフェルと子エリアムの名が分解され、交差的に再結合されているかのような構造を示している点で、きわめて特異である。

23:33のアヒアム(אֲחִיאָם , ʾăḥîʿām)は、אח(ʾaḥ「兄弟・同胞」)+עם(ʿām「民」)という構成を持ち、音形の上でも構造の上でも、アヒトフェル(אֲחִיתֹפֶל)の前半要素(אח)とエリアム(אֱלִיעָם)の後半要素(עם)を縫合した形として読めてしまう。続く23:34のエリフェレト(אֱלִיפֶלֶט , ʾĕlîpelet)は、語頭にאלי(ʾēlî「神」)系の要素を持ち、語尾にפל/פלט系の破裂音要素を含む。この構成は、エリアムの前半要素(אלי)とアヒトフェルの後半要素(פל)とを架橋する形になっている。

すなわちここでは、アヒトフェルの前半(אח)+エリアムの後半(עם)がアヒアムにおいて結合し、エリアムの前半(אלי)+アヒトフェルの後半(פל)がエリフェレトにおいて結合している。父と子の名がそれぞれ分解され、互い違いに再配列されるという交差合成が、沈黙に包まれた父子関係の周囲で起きているのである。

こうした配置上の偏りは、エリフェレトの出自にも現れている。エリフェレトの父名アハスバイ(אֲחַסְבַּי)にもアヒトフェルやアヒアムと共通する אח 要素が含まれている。さらに彼は「マアカ人(הַמַּעֲכָתִי)」と記されている。マアカ人は民族・地理的出自表示であるが、「マアカ」は人物名としても用いられ、その一例がアブサロムの母マアカである。さらに、マアカという音形は、アブサロムの死後に反乱を起こしたシェバが逃げ込んだ「ベト・マアカのアベル」(サム下 20:14–15)をも想起させうる。人名と地名という相違はあるものの、いずれも反乱の局面と結び付いた名称である。交差合成的名称と密接に結びついた位置にこの同一音形が現れている以上、読者にとっては、反乱をめぐる記憶の層と、沈黙するエリアムとが心理的に接近する印象を生じさせる。

この交差合成は、『歴代誌上』11章の名簿においても形を変えつつ保持されている。アヒアムの出自は「アラル人」から「ハラリ人」へ変更され、エリフェレトはエリファルへと置き換えられている1。しかし、父アヒトフェルと子エリアムの名要素を互い違いに配置するという基本枠組みそのものは崩れていない。『歴代誌上』はこの構造を破棄したのではなく、調整しつつ引き継いでいると見ることができる。

以上の検討を踏まえるなら、『歴代誌上』11:36における置換、すなわちエリアムの位置に据えられたヘフェルとアヒヤの並置を、偶発的な差異として処理することは困難である。

ヘフェル(חֵפֶר)とアヒヤ(אֲחִיָּה)を並べると、その音形はアヒトフェル(אֲחִיתֹפֶל , ʾăḥîtōpel)を分割したかのような輪郭を帯びる。アヒヤ(אֲחִיָּה , ʾăḥiyyāh)は語頭にאח要素を含み、アヒトフェル前半と強く共鳴する。他方ヘフェル(חֵפֶר , ḥēper)は語尾に破裂音要素を含み、…פל(–pel)系の響きを喚起しうる位置に立つ。

さらに注目すべきは順序である。音的構成からすれば、分割は「アヒヤ → ヘフェル」となるはずである。ところが名簿上では「ヘフェル → アヒヤ」と逆順で記されている。この逆順配置は、『歴代誌上』3:5におけるエリアムのアミエル化(אלי־עם → עם־אלי)と構造的に呼応している。子においては名要素が反転され、父においては分割された断片の配列が逆転される。両者には、反転性を伴う処理が、それぞれ異なる形で並行して施されている。

この別名化は、アヒヤに付された出自表現「ペロニ人(פּלֹנִי)」において、さらに一段進む。פּלֹנִיは固有名を伏せる際に用いられる代用語であり(ルツ 4:1、サム上 21:3など)、この表記は人物の出自を明確にするどころか、不可視性を付与する。他方、『サムエル記下』既読者にとっては、匿名化処理そのものを示す印となりうる2

この操作の射程は、エリアムの娘バト・シェバ(בַּת־שֶׁבַע)の名にも及んでいる。「シェバ(שֶׁבַע)」という綴りは、反乱者シェバと同一である。物語を通読した読者にとって、この音形は反乱の記憶と無関係ではありえない。これに対し、『歴代誌上』3:5では彼女はバト・シュア(בַת־שׁוּעַ)と記される。綴りは保持されず、音形が改められることによって、名が無害化されている。

さらに同節は、並行箇所『サムエル記下』5:14には母名表記のなかったシムア3、ショバブ、ナタンを、ソロモンと共に彼女の子として帰属させる。ソロモンは列挙の末尾に置かれ、同母兄弟の中に収められている。出来事の経緯や出生事情には触れられないまま、四人の一員として提示されている。これによって、読者の印象の上では四人の末尾に位置する者として受け取られ、出生をめぐる事件性は連想の射程から外される。ここで系譜は、切断されることなく再編されている。

再編の説明として、一連の操作を王室家系の清浄化処理とみなす立場も想定されうる。しかし、父子交差合成という構造はすでに『サムエル記下』に形成されており、エリアム周辺に見られる一連の操作はこれを起点とする。構図の中心にあるのはアヒトフェルとエリアムであり、ソロモンは関与していない。『歴代誌上』はこの構造を保持したまま再編を加えている。したがって主要な問題は王統の整序ではなく、エリアム家系がいかなる記憶を背負っているかにある。ソロモンの配置も、その家系操作の延長線上で理解されるべきであろう。

本稿3.4節で見たように、アヒトフェルは宮廷内部と戦場双方からの情報に接近し得る立場にあり、ウリヤが「戦死」として処理された経緯の真相に到達した可能性がある。その情報源の一端にエリアムが位置していたとすれば、彼は反乱参加の有無とは別に、王権にとって不都合な記憶の担い手となりうる。

エリアムについて反逆の有無は明示されない。『サムエル記下』の勇士名簿にその名が残されている以上、彼が反乱に加担していたと断ずることはできない。もし明確に加担していたならば、アマサと同様に名簿から削除されていた可能性もある。

しかし、父子交差合成、名の反転、分割と逆順、無害化、匿名化という重層的操作が両書に跨って展開されている事実は、エリアム家系が物語内部で明示的には語りにくい位置にあることを示唆する。その特異性は、名の配置と多層的処理によって表現されている。『歴代誌上』は『サムエル記下』とは異なる編集方針のもとで資料を再編しているが、こうした名の扱いに見られる示唆的構えは断ち切られておらず、より統制のとれたかたちで展開されていると見ることができる。

この記憶統御は、ウリヤにも及んでいる。しかし、義父に施された処理が、そのまま婿に適用されるわけではない。そこには別種の構えが見いだされる。

5.4 ウリヤの配置 終端に刻まれた記憶の希釈

『サムエル記下』の勇士名簿は、末尾に置かれた「ヘト人ウリヤ」が、締め句「総員三十七名」と連動し、名簿の完結性を印象付ける。ウリヤの名は、その直前に記された他の勇士たちをすべて包摂するかのように、章全体の「締め」として現れるのである。しかも、この人物は同書11章において、ダビデが最も大きな罪を犯した相手として記憶される。勇士名簿とバト・シェバ事件とを交差参照させることで、『サムエル記下』は王の栄光と同時にその影をも刻み込む。ウリヤの名は「栄誉の記録」であると同時に「罪の記憶の刻印」でもある。

これに対し、『歴代誌上』11章の名簿では、ウリヤの後に『サムエル記下』にない十六名の名が続く(代上 11:41–47)。この追加によって、彼はもはや名簿全体を閉じる位置には立たず、末尾に集中していた象徴的機能は解消される。事件との連関は前景化されず、ウリヤは勇士たちの中に埋没する。

編者は、ウリヤの名と出自には一切手を加えていない。三勇士の名が別名に置き換えられ、エリアムが複雑な改変を受けるのとは対照的に、ウリヤは「ヘト人ウリヤ」としてそのまま残されている。しかも、名簿上における彼の相対的位置自体も、『サムエル記下』23章から変えられてはいない。

しかし、『サムエル記下』23章においては、23:24の「三十人に名を連ねた者は以下のとおりである」と23:39の「総員三十七名」という句が名簿を枠づけ、ウリヤの名を終端として機能させているのに対し、『歴代誌上』11章にはこれらに対応する構文が見られない。ここで変化しているのは位置そのものではなく、終端を成立させていた構文的枠組みである。

名も順序も保持されたまま、枠組みが組み替えられることによって、ウリヤの名が担っていた意味は別の位置づけへと移される。この点においてウリヤは、名簿の構造変更によって記憶が再編されることを示す、特異な事例である。



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  1. この呼称の差異は、結果として、ダビデの息子として名を挙げられる二名のエリフェレト(サム下5:16 ; 代上3:6 , 3:8 , 14:7)を、エリアムに関わる連想の射程から外す効果をもたらしている。
  2. なお、「ペロニ人」という出自表記は、代上11:27および27:10にも「ペロニ人ヘレツ」として現れる。11章ではシャモトの直後に置かれ、27章では第七月の将軍として再登場する点は、本稿第6章および第7章で検討する諸人物との近接を示すものであり、この表記が何らかの配置的機能を帯びている可能性は排除できない。
  3. 代上14:4ではシャムアと呼称される。